2005年08月01日

さて今週末見た映画はといいますと…

どれを見ようか実は悩みました。と言うのは、土曜日も日曜日も今週、来週と忙しいので余り
と言うか殆ど映画は見られないだろうと思いました。そこで映画を見る本数が今週に限れば自ずと限界があり、4本でした。


見た映画
「ラヴェンダーの咲く庭で」
「魁!!クロマティ高校」
「ロボッツ」
「亡国のイージス」

見なかった映画
「ハービー/機械じかけのキューピッド」
「オランダの光」
「チーム・アメリカ」


「オランダの光」については我が地域の公開が遅く、もう既にDVDが発売されており、私自身、購入しております。時間のある時に見たいと思っております。
「チーム・アメリカ」はよくわからないという理由です。これはパペット物なんでしょうか?
昔のサンダーバードのように?????????
「ハービー」は時間が出来れば行きたいです。
posted by diane at 01:39| Comment(1) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鋼の錬金術師〜シャンバラを征く者

今、とても人気のあるアニメである。コミックスでもそうだが、テレビでも人気は高く、子供達だけでなく大人にもかなり受ける作品のようだ。
実は私自身はこの作品、コミックスもテレビも見ていない。だから全く知らない状態で、作品を見た。
そのため、作品自身のバックグラウンドが全くつかめず、話についていくのがようやっとだった。
つまり、世界は二つ存在し、1つは現実の社会、もう1つは錬金術の世界。ただしこの世の世界では錬金術は使えない。
エドワード・エルリックは「門」と呼ばれるところをくぐりこの世の世界に来た。その「門」が開かれない限り彼は錬金術の世界には帰れない。
しかし、なぜエドワードがこの世界に来たのかは私にはわからず。ついでに弟アルフォンスと別れてしまった理由も、本当の兄を探す理由もわからない。
しかし、見ていてわかったのは、時代は1920年代であり、ドイツが莫大な賠償金を課せられて国自体が疲弊していた時代。この現実社会の何者かがもう1つの世界、つまり、錬金術の世界が存在する事を知り、悪用しようとしたこと。また、一方で兄を探す弟が知らずして「門」を開けてしまう。また、エドワードの父がこの何者かに利用され、現実世界と錬金術世界とを結び付けてしまっていた。さて、エドワードはどうしたら良いのかと言うのがこの映画の話らしいのだが予備知識がないため結論的に言うとよくわからなかったと言うのと、このアニメも大人のファンはかなり居るのだと言う事がわかった。何しろ見たのはレイトショータイムでしかも平日にもかかわらず100人以上の皆さんがご覧になっていました。

きっと前もって本を読んでいれば、アニメを見て入ればもっと楽しめただろうと思いました。
ちなみに「鋼の錬金術師」の英語タイトルはFULLMETAL ARCHEMISTだそうです。
posted by diane at 01:24| Comment(0) | TrackBack(3) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

やさしくキスをして〜Ae Fond Kiss

最近、スコットランドの映画を見る機会が多い。この作品の舞台もスコットランドのグラスゴー。
愛を選ぶが、自分達の属する社会の信念に従うかそこで悩む二人のラブストーリーである。
作品の中身に触れる前に簡単にイギリスの状況を。この事がこの映画のとても重要な事項になり、中味に多いに影響していく事になる為。
スコットランドの一番大きい都市はこの映画の舞台となるグラスゴー。しかし、首都はエジンバラである。この二つの都市は非常に近く、列車で約一時間の距離だ。しかし、この二つの都市の表情はまるっきり違う。どの様に違うのかと言うと、エジンバラは首都、歴史的な街、学問の街、洗練された街。この印象はスコットランドの人々さえ感じている事である。一方の、グラスゴーはスコットランド北東部の第三の重要都市アバディーンと同じ様に、産業工業都市なのである。
基本的にグラスゴーやアバディーンの様な産業工業都市は別にスコットランドだけでなく、イングランドのリバプール、バーミンガム、ウェールズのカーディフのように色々あるが、共通して言えるのは、その産業工業を発展させる為にかつてイギリスが宗主国であった植民地などからの移民による労働力に頼る力が非常に大きい。そして、彼らはイギリスに移民してきてもアメリカとは違い、植民地からの労働者として歴史的に見下され、しかし、社会では生きていかなければならないが、イギリスの社会そのものには文化的には入り込めず、彼ら自身も自分達のアイデンティティーを守るが如く、自国の文化に固執するのである。この部分は以前に見たハリウッド映画の「マイ・ビッグ・ファット・ウェディング」と同様であるが、アメリカは自分たち自身で築いてきた国、新興国なので、まだ異文化が混ざり合ってとても独特の文化を作り上げている。イギリスは自分達自身の長い歴史がある為に、中々、それを共有するどころかそこを牙城として自分達のアイデンティティーを守ろうとしているのである。そこの所が大きく違う。
その中で、異国で移民としてやってきた人達の第二世代はその国で暮らさなければならない為否が応でも馴染んでいかなければならない。そんな葛藤の中で起きる話なのである。
また、複雑に絡んだ宗教問題や独自の自治システムなどにも翻弄されている事がこの映画を通して伺える。
イスラム教徒のカシムとカトリック教徒でアイルランド人のロシーンの愛の物語。
ストーリーの最後は見る人にどの様に解釈されても良い様な作りになっている。
イスラム教徒のカシムはグラスゴーに住む学生。とても大切にしている妹はグラスゴーの中でも優秀な学校の生徒。所がここは公立であってもカトリックを大切にしている学校なのだ。
パキスタン人のこの妹はしょっちゅう虐めにあったりしているが彼女自身は自分の持ち前のヴァイタリティーで頑張っている。
そんな中でこの家族はいまだに厳粛に自国の習慣を守っている。考え方の上で。父親は家長でありその決定は絶対。妹のタハラが希望している進路を認めず、父親の決定が優先される。カシムも同様。彼には父親が定めた婚約者が居る。しかも会った事も、ろくに相手の名前すら知らない。しかし、流れに従って生きている。今日はタハラを迎えに学校に来た。そこで彼女の学校の音楽教師ロシーンと知り合う。2人ともあった瞬間から愛を感じた様だ。
ロシーンはアイルランド人でカトリック教徒。しかも、以前に結婚歴があるが今は、別居し、完璧に社会的には離婚状態。所がカトリックでは離婚は認めない。そのため、ロシーンの仕事のキャリアに影がさす。離婚の事だけではなく、異教徒のパキスタン人と付き合うと言う事に関してだ。

この映画は、元々イギリスに根ざしていた階級社会と言うものだけでなく、人々の生活、種族による住み分けというか、区別、差別というかそこに起因している。
この映画を見て、時々イギリスの大きな産業都市を訪れた時の事を思い出し、そこにすむ人々の事を深く考えてしまった。
posted by diane at 00:59| Comment(1) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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