2005年09月04日

何か慌しい今日この頃。で、今週は… 「NANA」「サマー・タイム・マシン・ブルース」「BE COOL」「ライフ・イズ・ミラクル」

本日、試験があったにも関わらず何も勉強していませんでした。N.Y.から帰ってきてからと言うもの、何も勉強に手がつかず、体調がイマイチと言う事もあり、ずるずるとダラーっと過ごしておりました。しかし、受験者の年齢層の高い試験でした。まあ、年に一回ですしね。私は今回始めての受験です。
会場で偶然、元英語勉強仲間と出会いました。1日試験ですので、お昼の休憩時に一緒に食べて話をしました。二時間ぐらいかな。懐かしかったです。

体調の方は検査の結果、経過観察が必要です。薬の投与と言う事になりました。

コメントくださった方々、トラバしてくださった方々、ありがとうございます。
レスが出来なくて本当に申し訳ありません。
そして、最近、どうも、悪戯でトラバする人がいて困っています。特にエロ系。頭に着ています。悪戯や興味本位の嫌がらせ的トラバやコメントは止めてください。お願いします。

さて、今週見た映画は…

「NANA」
中島美嘉がかっこよかった。友情や人間の付き合い係わり合いについて書いているいい作品だと私は感じました。中島美嘉は好きなシンガーですし。

「サマー・タイムマシン・ブルース」
夏ですね。何と言うか、ばかばかしいほどばかげていてそこがまた楽しいんです。
先着者プレゼントでVIDAL SASSOONのシャンプーとコンディショナー頂きました。

「BE COOL」
出演者かなり豪華ですね。ジョン・トラボルタを始めとして。何と言うかこれもとても笑えル話ですね。
今週、唯一の英語の映画でした。

「ライフ・イズ・ミラクル」
試験の後、見に行きました。ユーゴスラヴィア内戦と言うか時代背景はボスニア・ヘルツェゴビナの内戦ですね。実話に基づいた話との事で興味深かったんですが昨晩、殆ど寝ていなかったせいか、途中で寝てしまいました。あー、後悔です。

実は「モディリアーニ」も見たい映画なんですがいつ行けるかな。

今日はネイルサロンも行ったしなあ。
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N.Y.の吉野家

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これはW42nd st.のTimes Square近くにある吉野家です。
このメニューは「Beef Bowl」と言いましてregularサイズです。価格は$4.19です。tax抜きで。
味の方は牛丼のテイストは若干残っている物のハイカロリーですね。この大きさで普通なんですからlargeなんか頼もうものならどうなる事やら…。牛肉は確かですがBSEの心・があります。少しベチャベチャした感じです。
ご飯はジャポニカ米ですが炊き方が悪いのかやわらかすぎます。ですから其を載せるとスプーンでしか食べようがありません。







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他にもメニューはあるのですがこれは「Teriyaki Chicken Bowl」です。温野菜が乗ってますよね。温野菜だけのもあります。これは恐怖でした。
確かに照り焼き味なんですが、チキンが固かったかな。これも$4.19です。
他に新製品で「Shrimp Bowl」とかもありました。$4.99です。
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2005年08月31日

初めての渡米〜N.Y.滞在記

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 英国には少々長い滞在とそして、何度も訪問を繰り返していました。なぜか、アメリカには行きませんでした。
 実は、元々アメリカに対しては良い印象は持っていませんでした。理由は、多くの日本人の英語学習者や一般の人が思いがちな「英語勉強するなら絶対アメリカ」という考え方に自分なりに反感を抱き敢えてアメリカに行くのを避けていたとも言えます。また、よく、アメリカ人とはなしをしていてたまに言葉の端々に出てくる自分達がNO.1という考え方が嫌いだったともいえるでしょう。全てのアメリカ人ではありませんが…。
 今回、アメリカに行く事を決意したのは別に言葉の点でもなく、何も体験が無く、イメージで結論付けるのはどうかという点と、資料とアメリカに行った事があるという経験が欲しかったという理由でした。


このアメリカ。やたらとtipのうるさい国で私は閉口しましたね。
はずんでもミスが多く、やらなければ仕事放棄か、凄みを利かせてまでtipを巻き上げるのはびっくりしました。
オーストラリアは原則tip不要です。もちろん、とてもサービスが良かったとか仕事の範疇でもないのにやってくれたとかと言う場合はあげてもいいのですが…。
英国もtip廃止の傾向にあります。超高級所は別でしょうけれど、普段、あげなかったと言って文句は余り言われません。小銭がたまるとちょっとしたカフェあたりで置いて来ました。その程度です。大体、そんな場所行きません。
アメリカはN.Y.はうるさかった。私はtip破産をするところでした。

チップについては地域によって感覚が違うみたいですね。
辟易としたのは向こうから要求してくる事です。
例えば、頼みもしないのに勝手にドアをあけてクォーター(25セント)よこせとか、JFK空港から、マンハッタンまでは$45flatと条例で決められています。有料道路使用した場合は
その料金プラスなのですが、使用するかどうかは乗客に確認の上と言う事になっています。これはタクシーの中に書いてあるし、JFK空港のタクシー乗り場にはタクシー協会の人や警察が居ましてとりしまりをしています。タクシー利用する時はその方から紙を頂き、
何か不当な事があればと言う事になっています。
このドライバーは確認もせず、さらに、チップに不満と言う事でさらに5ドル要求してきました。つまり、60ドル以上支払ったわけです。
私はこの要求に辟易としたのです。
チップの相場は15%です。それは知ってます。10%では問題が起きかねません。
旅人として郷に入れば郷に従えは、何度も海外に行っている私もわかっています。それは当たり前の事です。
このことについて、現地でNew Jerseyの方や飛行機のtransitの時にSeattle出身の方と話をする機会に恵まれましたが根本的にサービスに対する考え方と言うかそこの部分が違うんですね。日本はtipのシステムは無いと言うとそれはおかしい。サービスを受けさせてもらったんだからと言う考え方と、taxi driver、ホテルのBell Boy、レストランのウェートレスに至るまで彼らの給料は低いからサービスを受けられる私達があげなければならないという考え方。
日本はサービス料込みのケースが多いのとお客様に楽しんでいただく為にサービスをさせて頂きますの違いですかね。確かにそういう職種についている方の給料はそう高くは無いかも知れませんが仕事ですからね。tipをあげなければ何もしないというケースは私はおかしいと思いました。たとえ、tip無くてもするのが仕事だろうし、tip目当てで仕事すると言うのもなんか変? 今回私はtipだけでFurlaの4万円のバッグ買える位払ったと思います。
それからアメリカ人の方の文化・習慣の考え方の違いなんでしょうけれど彼らは給料低いからtipという施しをあげるという考え方もついていけませんでした。それでは彼らを見下げている様に思えるんです。私には。乞食ではないのですから、彼らの存在価値も認めてあげないとそんな発言出て来ないと思うんですよね。
アメリカ東部だけ特に強いんですかね。
場所にも寄るのかもしれませんが他の地方出身のアメリカ人に尋ねるとtipの事考えた事ないし、払った事もないと言う人も居ました。N.Y.だけがアメリカではないからねと念を押した人も居ました。まあそうでしょうけれど…。
でも、今後アメリカに行く気は余りしません。
飛行機の中もお客にどなったりサービスの怠慢するような航空会社は乗りたくありません。仲間内は笑顔でもお客に怖い顔するような会社は嫌です。

また、世界各国で起きているテロの影響でしょうけれど異常なほどのセキュリティチェックは閉口しました。

総じて言うと、今回のN.Y.訪問は私にとって残念なとても感傷的な気持ちの為、あまり楽しめなかったと言う事と習慣の違いからアメリカに対する印象が悪くなったといって良いと思います。これは私の一方的な考えですから、皆さんとは一線を画すと思いますが、残念な気持ちだったのは何もtipやsecurityの事だけではありません。語学、英語の事でもないんです。


 元来私は、海外渡航は一人で全部手配するのが大半でツアーは使用した事ありません。ご存知の通り、ツアーは便利だし、楽だし、見所は大体網羅してくれるのですが、自分のプランが立てられないのと時間の制約があるために殆ど使用した事が無いです。私は友人の居ない孤独な人間ですから旅もたった一人です。全てを自分一人でするのに疲れたというか、とても寂しさを感じたのです。

楽しめなかった最大の理由は寂しさです。一人旅も自由が利いていいのですが、全くの一人は寂しいのです。色々と感想を交換し合ったりする相手が欲しかったなあと益々、感傷的になってしまいました。特に、カップルとか友達同士でいる人が多いので。
私には友人も話しできる人も居ません。その寂しさを紛らわすのに色々行ったりしています。ただ、行って、凄いね、一人だといいね、好きな所に行けてと言われるとがっかりします。好きで一人で居るわけではないので…。
私の場合は一人で何もしないで居ると不安なんです。だからなんです。
普段でも日本でも一人だと入るのに断られる所かなりあります。NYなら増してありました。一人だと行きにくい所は沢山あります。まして、女性だと余計に変に思われるのです。それに耐えられないんです。

とても、寂しく辛い思いをしました。


私はきっとアメリカよりもヨーロッパがあうのかも知れない。アメリカもいいのかもしれないけれど私にはあわない様な気がします。
こんな思いをするくらいならアメリカに対しては悪印象しか残らないかもしれないけれど。

これから、少しずつ、訪れた場所について書いていきます。

意外と余り楽しめなかったN.Y.。多分今後、殆ど訪れる事は無いと思いますがそれでも少しは面白かった場面があります。
そのことを書きたいと思います。
ただ、不定期更新ですし、間にもしかしたら、見た映画のレビューなども入ってくるかも知れません。

よろしく、お願いします。





posted by diane at 23:11| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

うー。疲れました。

一気に過去に書いた映画のレビューをこちらに移したら疲れてしまいました。



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ちなみにこの写真はニューヨークにあるサンリオショップの写真です。
ここにもキティちゃんが沢山居ますがなんとなーく、顔がきついです。
posted by diane at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画「火火」サウンドトラック〜「愛の絆〜アメイジング・グレイス」

実は、これは3週間程度前に見た映画なんですが、ちゃんとしたレビューを書こうと思っていて書けなくて、3作品まとめて簡単な感想メモになったものを書きました。邦画ですがこれはお勧めです。
実は、今日はこの映画「火火」のサウンドトラックをTOWER RECORDで見つけてつい買ってしまいました。それだけこの映画の印象が強かったのと特にこの映画でテーマソングとしている「愛の絆」は「アメイジング・グレイス」をベースにしています。
私にとってこの「アメイジング・グレイス」は特別なんです。
この曲の違うバージョンを見つけては買っています。もちろんヘイリーもあります。一種のコレクションです。
ここでは、メロディを利用して日本語の詞をつけています。これがまた、とても感動的でしたのでご紹介したいと思います。
アレンジもなかなか映画を印象付けるようにとてもよくできていますので
とても素敵です。ハーモニカやギターベースです。アコースティックな感じが
私は好きです。
作詞はなぎら健壱、ヴォーカル演奏はりりィ&洋士。
愛の絆〜アメージング・グレイス
<黄色>からだがいつか風に果てて  人の胸から消えて
空の果てに小さく浮ぶ  雲になれたとしても
心の中に愛があれば   愛する気持ち持てば
君との絆  解けやしない  そういついつまでも
<水色>遠くいつか星になれて 空に弱く光り
見分けることも出来ぬ星に   星になれたとしても

<ピンク>みなも消えて空の果てに  ひとり ひとりぼっちになって
離ればなれになったとしても 愛の絆あれば
心の中に愛があれば 愛する気持ち持てば
君との絆  解けやしない  そういついつまでも
posted by diane at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

香港国際警察

今回、久々にジャッキー・チェンのアクション映画を見た。最近、映画館で公開された彼の映画の内、見に行ったのは「シャンハイ・ナイト」「メダリオン」そしてこの「香港国際警察」であるが、実は、私自身は「ポリス・ストーリー」シリーズも「ラッシュ・アワー」も見ていない。
ただ今回は、今までのジャッキー・チェンのアクション一辺倒と少し趣が異なるなあと感じた。
たとえば「シャンハイ・ヌーン」と「シャンハイ・ナイト」は作品スケールは大きくなったかも知れないが、彼自身のアクションはだいぶ少なくなっているし、今回の「香港国際警察」もカンフーアクションと言う点で見れば大幅に異なると思う。
どちらかと言うとストーリー性を大切にし、彼自身もカンフーだけのアクションに頼らず、幅の広い演技に取り組む様になったのかなと思えた。確かに製作もアクション監督、アクション設計も考え、かつ、以前のカンフーだけで興行成績が上がる様な状況になくなった今では、色々な作品のプロットを考えて、映画に撮り入れなくては行けなくなって来た事を証明している様な感じだ。単なるコメデイでもいけない。
今までの彼の映画はどちらかと言えばコメデイ路線だったが今回の作品はシリアス路線の色が非常に濃い。その為か、確かに彼のカンフーアクションシーンもあるにはあるのだが絶対数が少なくなっていると思った。
ストーリーの最初の酔いどれ駄目警部のジャッキーなんて今まででは殆ど思いつかなかったくらいだ。
製作担当者としてはある程度の興行収入を見込まなければならないので、内容も今まで通りの映画では行かないと言う事はわかっているのだろうし、この所の全アジア的韓流ブームに対抗するにはそれなりのストーリー仕立てとスケール等を考えてやらなければならない。当然、最近は中国・香港映画も活発な動きを見せており、見ごたえのある作品が増えてきた。その中でのハリウッドからの凱旋、第一作目なのである。当然、アクションもカンフーだけでなく、それだけの見ごたえのある良いストーリー、ディテールにまで気を配った作品作りがなされている点が今までのジャッキー・チェンムービーと大きく異なる点だと思う。
ハリウッドでの経験は彼にとって決してマイナス要素ではなかったのだろう。ハリウッドでも製作、特にアクション部門を任されていたのだが、あちらの映画ではそれほど彼の演技力は期待されていない。「シャンハイ」シリーズにしても相手役のオーウェン・ウィルソンがいて彼の演技が生きてきたと思う。それだけに演技の大切さを身にしみて感じたであろう彼は地元の香港で演技力に力を入れたと言って良いと思う。選んだ作品も彼自身が気に入っている「ポリス・ストーリー」物。それだけに熱の入り様も違うと言う物だ。
その上、今回はそのシリアスさに焦点が当たった分、現在の社会が抱える盲点、問題が大きくクローズ・アップされている。今回の彼の相手は、まだ20代になったかならないかの若者。どこの国でもそうだが、最近の彼らは何を次にやらかすのかわからないと言われている。その部分を取り上げたと言う事は今後の我々の社会にも一種の問題提起をしたと言えよう。
正義感よりも物があればの世界。そこに当って行くという正面斬って姿勢が今回の見所と思う。
ストーリーは現在のジャッキー・チェン演じるチャン警部の現状から始まる。彼は一年前のある事件を境に酒びたり。しかも、その事件をきっかけに停職処分まで食らっていた。ますます、酒に溺れ、社会復帰は大丈夫かと危惧される所。そんな彼の元に、唯一の部下が配属された。チャン警部は停職処分が解かれ、自分も配属されたので、世を騒がす銀行強盗たちをやっつけようとゆうもの。
話は一年前に遡る。銀行強盗グループはそのときも荒らしまわっていた。チャン警部自身は判断力、人望、射撃の名手、事件解決では失敗が無いという名声さえあり、正義感溢れる警官として信頼されていた。付き合っているホーイーとも上手く行っていて、結婚を視野に入れているという前途洋々の人物だった。この事件を任され、そして、捜査し、犯人を罠に掛け一網打尽にする計画を持っていた。所が、どうした事が、その一網打尽計画は完璧に相手側に漏れていたとしか思えない。彼は、その計画を実行する為に敵のアジトに向かってさて、これからと言う時、まんまと敵側の罠に逆にはまり、その時率いていた部下全員を敵に殺させてしまった。実は、このアジト捜索の前に彼はテレビでインタビューを受け、3時間で解決すると豪語してしまったのである。その言葉で相手側のリーダーは火が付いた。ただでさえ、警官嫌いの様相を仲間内にも見せていた彼だが血祭りに上げる決意をさせてしまったのである。チャン警部は自分の見ている前で無力にも一人、また一人と敵に殺され、婚約者のホーイーの弟さえ殺されてしまった。当然、警察内部での批判は強く、また、真面目な性格からくるのか部下を殺してしまったという自己批判で彼はお酒どっぷりの酔いどれ。タクシーにも乗車拒否をされてしまう始末だった。
そんな時に現れたなぞの部下「巡査1667」を名乗るシウホンに励まされて出勤するが周りの視線は厳しく耐えがたかった。しかし、コンピューターを得意とするササ婦警も協力しデータを集め
犯人の絞込みに励む。今度は上手く行くのか? チャン警部の立ち直りが今回の見所である。
どちらにしても新たな境地の開拓を目指すジャッキー・チェンのエンターテインメントムービー。何も偏見なしで見る事をお勧めする。



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レオポルド・ブルームへの手紙

この映画の原題は「Leo」。だからといって決してあの有名な人気俳優の事ではありません。タイトルの人物名を短縮したもののようです。
最初から最後までこの映画を見た時に映画全体の秘密がわかるのですが、愛情に欠けた人達に勇気を与える人間愛をテーマにした作品と感じました。
実は、この作品は、有名なアイルランドの作家、ジェームズ・ジョイスの長編小説「ユリシーズ」を元に製作されていると聞きましたが、実は私自身は「ユリシーズ」を読んでいません。
以前に読もうとしたのですが、あまりの長さに閉口して読むのをあきらめてしまったというのが実態です。
ジェームズ・ジョイスと言えば英文学の分野で言えば「STREAM OF CONSCIOUSNESS」という考えの流行が20世紀初頭にあり、彼はその先端を行った作家と聞いています。そのためか、映画の作り自身も時系列的というより、時間と時間が交差するどちらかといえば次元的な作品となっています。
あまり、「ユリシーズ」を知らない私が言うのも変ですが、唯一、この作品について触れている部分が映画の中にはありました。それは、少年の母親がなぜその少年に「レオポルド」と言う名前を付けたのかと言う事を言う時にこの作品の名前が出てきます。
どちらにしても数奇な運命に翻弄され続けたレオポルドと彼を精神的に支え続けた囚人のスティーヴンとの繋がりがこの作品の見所と言うのと、作品の最初にエンディングを暗示するような伏線があるのですが、そのエンディングを知った時に初めてこの映画全体の流れが理解できるという壮大な作りになっていて、これがまさしく「ユリシーズ」が書かれた時に流行った「STREAM OF CONSCIOUSNESS」の発想なのかなと思いました。
出演は数年前に「恋に落ちたシェークスピア」で名演したジョゼフ・ファインズ。そして、少年の母親役にかつてアカデミー主演女優賞ノミネートとなったエリザベス・シュー。脇には重鎮のデニス・ホッパーや少年役には11歳とは思えない子役のデイヴィス・スウェット。
そして、時々、折に触れて出で来るとてもミシシッピー美しい景色はストーリーが激しい分、心を和ませてくれます。とにかく実力派ぞろいの名作と言って良いでしょう。この作品が、ミニシアター系公開なのが少々残念です。
ある日、ミシシッピー州の刑務所から15年の服役を終えてある男が出所してきた。まだ、出たばかりなので保護観察の身だが、若いのに15年という長い服役期間であった。彼の名はスティーヴン。本当は別の名前らしかったが、違う自分になりたいらしく、名を変えた。彼は物静かで余りにも無口。その為、周りの人からは口が利けないのではないかと思われたほどだった。
彼は、街のレストラン、ヴィックスで働き出す。彼は保護監察官から来る早々、怪しい事はするなと釘を刺されている。しかし、そんな彼にも仕事仲間ができた。同じくそのレストランで働く仲間たちだ。しかし、彼の心を本当に和ますのはレオポルド・ブルームという少年に手紙を書く事だった。彼は学校の課題で囚人に手紙を書くと言うのがあった。その中で「僕の人生は僕が生まれる前に始まった。僕は母さんの罪の烙印」と書いた。レオポルドはスティーヴンに熱心に手紙を書き続ける。彼は上記で書いた様に母親に愛される事も無く疎まれるだけで育ち、本を読むのが好きな少年だった。そんな彼は囚人のスティーヴンに手紙を書く事が楽しみだった。
なぜ、レオポルドは母親にそれほどまでに疎まれ、愛される事もなかったのか。母親のメアリーは大学教授の夫と娘の三人で幸せな毎日を送っていたが、夫の同僚の妻からの密告をきっかけに
夫を信じられなくなっていった。酒におぼれる毎日。夫の浮気を疑う毎日。そんな生活を送っていた時に、家の改修工事に来ていたペンキ職人と関係を持ってしまう。そうこうしている内に彼女は妊娠するのだった。夫は自分の潔白を晴らし、さらにしばらく出張することを彼女に告げる。彼女は出産の兆しを感じた。買い物を夫に頼み、娘と雨の中車で出かける夫。そこで、夫と娘は事故で死亡。彼女は肺の機能が未発達だが男の子を出産。目が覚めて事実を知った時、彼女は錯乱し、夫と娘が死んだのは自分のせいだと自分を責め立てる。そして、生まれた子供は、関係を持ったペンキ職人との間の子供ではないかと…。
一方、スティーヴンは、毎晩、部屋の電気が付いている事を周りの連中に怪しまれていた。彼は刑務所時代からレオポルドに手紙を書き続けている事、折を見て彼に会いに行く事などを話した。
生まれた子供はレオポルドと名づけられた。それは学生時代彼女がよく読んだ「ユリシーズ」に出てくる人物名だからという事だが…。(何しろ私は読んでいない)母親はレオポルドを愛せないでいた。未だに夫と娘が死んだのは自分のせいだと思い込んでいたからだった。しかもペンキ職人との関係は続いている。酒飲みの上に暴力を振るう。レオポルドは内向的な人間になっていった。友達もなく、本が唯一の友達。しかし、一度だけ、母親の目を盗んで野球を近所の子達とした。それが彼にとっては楽しい出来事だった。その姿を陰ながら見ていたスティーヴン。
ある日、スティーヴンの職場の女性が虐待にあっていた。それを助けたスティーヴン。助けた理由は勇気。助ける勇気を得るのに長い時間がかかった。
ここで、この話の一番のトリックが明かされるのだ。なぜスティーヴンは犯罪者の様には見えないのに15年もの服役しなければならなかったのか。これは映画を実際に見て知ってほしい部分だ。
ある日、相変わらずペンキ職人はレオポルドの母親に暴力を加えていた。大きくなったレオポルドは母親を救うため思わず、フライパンでペンキ職人を殺してしまう。当然第一級殺人罪だ。
しかし、そこに至る経緯があるので情状酌量の余地は十分あった。レオポルドは弁解もしなかった。一方、母親は、レオポルドはペンキ職人の子だと思い込んでいたが実はペンキ職人は無精子症で子供はできないのであった。レオポルドは正真正銘夫婦の子であった。陪臣もそこにいた人々も母親に対して非難の目を向ける。そこでレオポルドが弁解をすれば彼は減刑される。しかし、しないでそのまま罪を受け入れた。別な言い方をすればそれが母親に対する彼の復讐だったのだろう。刑務所に面会に来る母親。謝罪をしてもレオポルドはもう来ないでくれというだけだった。
部屋に閉じ篭り相変わらず手紙を書き続けるスティーヴン。それは本当は一体誰への手紙だったのか?
そんな時に店で事件が起きた。そっと回りも彼に気を使い、店を抜け出し思い切りミシシッピ川へ向かって走るスティーヴン。胸が苦しくなってきた。そこに現れるレオポルド。
その二人の対話は、スティーヴンの心の苦しみを開放するものだった。ようやく彼は見つけたのだ。新しい人生を…。

舞台がかなり入れ替わるのでわかりにくかったりする部分も多少あるがこの映画の最後のシーンは素晴らしかったです。それと最後の最後まで隠していたこの映画のトリック。これがわかる場面も感動的です。是非、美しい景色、本当の人間の心の触れ合いをこの作品を通して知ってもらいたい。そう思わせる作品でした。

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タッチ・オブ・スパイス

家族愛の大切さと政治的な絡みで家族が一緒にいられないという状況、そして、悲しみや別れ、誰にでもあるその様な感情は、ちょっとしたユーモアやセンスで乗り切れる事もある。
この映画はそれらを料理に例えてある意味教えている様な気がした。ギリシアやトルコなどの料理、別にそこだけとは限らないがどんな料理にもスパイスは必要。人生にとってのスパイスはそのユーモアやセンスなんだということ。
一度、覚えた家族の味。これは万国共通で、どこの家庭でも少しずつ違う。それもスパイスのさじ加減。それが人生の厚みと言うか、人間の器というかそれを、表していると私はこの映画から感じ取った。
もう一つ、この映画で忘れてはならないのは戦争によって一番悲しい思いをするのは普通の人々。一般市民である。私はあまりよく知らなかったのだが東地中海において、トルコとギリシアの間にはつい最近まで、色々な確執があったと言うこと。政治に翻弄されて生きていく市民の中には、政治という名目で別れ別れにならなければならない状態になっているということ。
一緒に、隣近所に住んでいたのに、宗教が違う、民族が違う、出自が違う等などの理由で差別されたり追放されたり、果てにはその国一国の主権の取り合いまでに発展し、幼馴染と別れ、育った場所とも離れ、もしかすると、時代における政治状況の違いにより、国籍が違うと言う理由で別れ別れにされてしまう事も大幅にあると言う事。
なぜ人間は争わなければならないのか?ユーモアやセンスや愛情というちょっとしたスパイスでうまくいかないものなのだろうか?
私はこの映画はそんな単純だけれど深みのある内容をユーモアを散りばめて描写していると思う。
この映画のバックグラウンドとして一番大きいのはトルコとギリシアの関係である。隣同士の国でありながら、イスタンブールを挟んでこの二国はちょうどアジアとヨーロッパの境目に位置する。どちらも歴史の古い国である。人々の交流もかなりある。そのため、特に、イスタンブール(映画ではトルコ領に住んでいたギリシア人はこの街をコンスタンチノープルと呼んでいてこの街への郷愁を忘れない)の街ではギリシア系住民の居住もかなりある。そして、歴史のトリックのせいか、そのギリシア系住民の中には過去の諍いの結果、トルコ国籍の取得を義務付けられた人もいたはず。最近では、キプロスにおける紛争もあったはずである。また、トルコは歴史からして、雑多な民族構成になっており一番大きい問題としてはクルド人問題が挙げられるであろう。それらの事実を踏まえて作られたのが本作品である。
映画の舞台は1950年代に遡る。トルコ・ギリシア間の争いが激しかった頃だ。予備知識としてその後の60年代にはアフリカ諸国がイギリス・フランスなどの宗主国からの植民地独立を求める運動が盛んになり、独立を勝ち得た国々も多かった事も事実である。ただ、未だに政治的に不安定な国も多く内戦や、隣国との戦争が絶えないのが現状だ。当時のトルコ・ギリシアも他のヨーロッパ列強の影響が強く、対宗主国、そして、ある意味民族自決権に関わっていると言っても過言ではない。
映画の構成は場面ごとにテーマが付けられまるで料理のコースの様になっている。これもまた面白い興味深いところである。人生は料理のようなものでスパイスいかんで幾らでも変わると言った所か?
オープニングは現代。おじいちゃんがトルコから、ギリシアにやってくる。今や宇宙物理学研究者の間で有名になったファニスは幼い時から料理が得意だったが、おじいちゃんの為にとおじいちゃんに習ったスパイスを効かせた料理を作っていた。そこへおじいちゃんが病気との知らせ。ここで、物語は1950年代に戻る。
トルコのコンスタンチノープル(イスタンブール)のおじいちゃんの屋根裏部屋は様々なスパイスがあり、少年ファニスの遊び場だった。おじいちゃんはトルコに住むギリシア系住民が使うスパイスを売る店を営んでいた。おじいちゃんから習う伝統料理の事、スパイスの知識、それだけではない豊富な知識など皆おじいちゃんから習っていた。時にはそれを家で実験しては問題を起こしたりする事もあった。幼馴染の少女サイメとの淡い初恋。幼いファニスにとっては忘れがたい事だった。また、毎週日曜日には親族が集まり、大宴会となる。それも伝統であった。
そんな時、トルコ−ギリシア間でキプロス問題が起き、トルコ領内に住むギリシア人の強制退去が始まった。おじいちゃんはトルコ国籍、サイメもそうだった。ファニスの一家はギリシアへ戻らなければならない。
トルコからギリシアに移住したファニス一家。所が当のファニスは学校、ギリシアそのものに馴染めず料理にのめりこむ毎日。おじいちゃんとサイメが来ると言う連絡があったが結局は来なくなってしまった。心配した両親はファニスが台所に入るのを禁じる事になった。
しばらくして、サイメが引っ越したと聞いたファニスはサイメに会いたいというので家出を企てる。しかし、失敗。ボーイスカウトに入れられる。そこでも慰問先での売春宿での問題が起き、父親はファニスにギリシアへの愛国心を育てる様にと言われるのだった。学校に行っていた時からそうだが、長い間故国を離れて生活していると様々な面で習慣の違いが出る。また、その為の不幸な結果として差別されたりするのだった。トルコからやってきたギリシア人はトルコ人と呼ばれ、差別されていたのだ。
そんな時、色々と各地を放浪し、色々なことをファニスに教えていた叔父さんが結婚することになった。そのときファニスはホテルの厨房で働いていた。おじいちゃんが来るかもしれないという淡い希望を持ったファニス。所がおじさんの相手は料理の下手なギリシア人女性。ファニスがその紹介の場での料理を任されたのだがわざととんでもない料理を作り、結婚話を壊した。
ファニスの父はそこで怒りをぶちまけた。「おじいちゃんはあの場所が好きなんだ。特別なんだ」と。
そして、また、舞台は現代へ。ファニスは幼い時から一度も来なかったコンスタンチノープルに来た。おじいちゃんは重態。そしてついに…。
そのとき、サイメと再会した。サイメは今別居中。そして、ファニスは自分の人生に大切な物を発見した。そして、この街に職を得る決心をしたが…。
面白いのは、幼い時のサイメとファニスの会話はギリシア語かトルコ語だったのに、現代の時代になってからの二人の会話は、英語で進んでいく。英語で話すというのがまるで二人の別離を暗示していて幼い時代は終わった事を告げているようだった。
参考までにこの作品は本年度第77回アカデミー賞外国語映画賞、ギリシア代表作品である。ちなみに日本代表は「誰も知らない」である。


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シャーク・テイル

この作品は本年度第77回アカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされていましたが、結果的には「Mr.インクレディブル」に持っていかれました。
意見はそれぞれあるかも知れませんが、私はこれは仕方ないかなと思いました。というのも決してこの作品が極端に面白くないわけではないのですが、子供向きか大人向きかどちらかと言われれば私はこれは大人向きだと思っています。
確かに子供も楽しめるのですが…。これから春休みを控えて、子供向きの作品の公開が増えていく中で、他の作品と比べればわかるのですがちょっと子供には理解が難しいかなと思われる部分があったと思います。その点では「Mr.インクレディブル」に軍配かな。
もう一つはストーリーのプロットの部分です。これを考えるとこの作品は少し複雑な側面があります。
また、海に関しての映画ですと昨年の「ファインディング・ニモ」の圧倒的な出来のすばらしさ、海がどんなに大切かという単なる娯楽の域を超えて、観客に訴える部分がとても大きかったと思います。それらの要素を考えるとやはり、「Mr.インクレディブル」のできばえは素晴らしかったといえるでしょう。あのわくわくとして見れるという所等はいうまでもありません。

この作品は決して駄作と言うわけでは無いと思いますがやはり、見劣りするかな。
良い面を敢えてあげれば声優陣の豪華メンバーと言ったところでしょうか。
これだけのスターを集めてこの内容では少し、私としては満足が足りないかな。
夜の部に行ったのですが、公開初日の他の時間帯の座席の空席状況などを見ても「Mr.インクレディブル」から見ると少し観客動員数が少ないかも知れません。何しろ、私が見たときはこのスクリーンはいつもなら夜、遅くなってもかなりの人が見に来るのですが270名以上のキャパシティがありながら30人いるかいないかの観客の入りではちょっとこれからの上映スケジュールに影響あるかも知れません。

ストーリーの内容から言えば主人公オスカーのキャラはあまり、子供に見せたくない所です。また、アンジェリーナ・ジョリーの演じたセクシーな小魚も、子供には少し不向きでは?と決して面白くない訳ではないのですが疑問の沢山残る作品でした。

しかし、映像技術や音響などはそれなりに良くできていて良かったかな。

結論的には何をするにもちょっとした勇気、それが大切とうたっていた映画だと思いました。これは人間にも言えることですね。その点では全体的に良かったと言えるでしょう。
この作品は本年度第77回アカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされていましたが、結果的には「Mr.インクレディブル」に持っていかれました。
意見はそれぞれあるかも知れませんが、私はこれは仕方ないかなと思いました。というのも決してこの作品が極端に面白くないわけではないのですが、子供向きか大人向きかどちらかと言われれば私はこれは大人向きだと思っています。
確かに子供も楽しめるのですが…。これから春休みを控えて、子供向きの作品の公開が増えていく中で、他の作品と比べればわかるのですがちょっと子供には理解が難しいかなと思われる部分があったと思います。その点では「Mr.インクレディブル」に軍配かな。
もう一つはストーリーのプロットの部分です。これを考えるとこの作品は少し複雑な側面があります。
また、海に関しての映画ですと昨年の「ファインディング・ニモ」の圧倒的な出来のすばらしさ、海がどんなに大切かという単なる娯楽の域を超えて、観客に訴える部分がとても大きかったと思います。それらの要素を考えるとやはり、「Mr.インクレディブル」のできばえは素晴らしかったといえるでしょう。あのわくわくとして見れるという所等はいうまでもありません。

この作品は決して駄作と言うわけでは無いと思いますがやはり、見劣りするかな。
良い面を敢えてあげれば声優陣の豪華メンバーと言ったところでしょうか。
これだけのスターを集めてこの内容では少し、私としては満足が足りないかな。
夜の部に行ったのですが、公開初日の他の時間帯の座席の空席状況などを見ても「Mr.インクレディブル」から見ると少し観客動員数が少ないかも知れません。何しろ、私が見たときはこのスクリーンはいつもなら夜、遅くなってもかなりの人が見に来るのですが270名以上のキャパシティがありながら30人いるかいないかの観客の入りではちょっとこれからの上映スケジュールに影響あるかも知れません。

ストーリーの内容から言えば主人公オスカーのキャラはあまり、子供に見せたくない所です。また、アンジェリーナ・ジョリーの演じたセクシーな小魚も、子供には少し不向きでは?と決して面白くない訳ではないのですが疑問の沢山残る作品でした。

しかし、映像技術や音響などはそれなりに良くできていて良かったかな。

結論的には何をするにもちょっとした勇気、それが大切とうたっていた映画だと思いました。これは人間にも言えることですね。その点では全体的に良かったと言えるでしょう。
posted by diane at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブリティ・プリンセス 2 〜 ロイヤル・ウェディング

この作品の前作は実は見ていません。
そう思うと、前作を見ておくべきだったなと感じました。
でも、そんな事関係無しに楽しめました。割と気楽に何も考えないで見れる映画だなと思います。プロットもそんなに難しいわけでもなく、ストーリー自身はスイスイと進んでいきます。その点では楽しめるかも知れません。
ジュリー・アンドリュース。幾つになっても綺麗ですね。本当に美しいです。
プリンセスの方のラブストーリーかと思ったら、結果的にクイーンのラブ・ストーリーになってしまいました。
ジュリー・アンドリュースの若い頃の映画の作品ははミュージカルですよね。
彼女の出演ととなると歌のシーンがあるのではと期待するのですが、一回だけでしたが、少し、ありました。とっても上手です。
全編ミュージカル映画の出演と言うのは難しいかも知れませんが、彼女の歌声聞けただけでもこの映画の価値は高いと思います。
後はお決まりのストーリーですね。アン・ハサウェイも頑張っていたし。
私はそれなりに気楽に楽しみました。


posted by diane at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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