2005年08月31日

ライフ・イズ・コメデイ! ピーター・セラーズの愛し方

名優が名優を演じる!! これは最高の演技であり、映画である。と私は思っています。今回のこの映画は本当に最高でした。ストーリー自身も、まあ、一人の偉大な人物の伝記ですから、いいのですが演じる人間が
駄目だと全部、崩れてしまう。これはそんな事はなく、主役を勤めたジェフリー・ラッシュの最高の渾身の演技とまるで、彼がピーター・セラーズの様でした。
今、考えるとピーター・セラーズは名優と言われていますが、色々と苦労していたんですね。しかも、かなり若い頃から心臓が悪くてペースメーカーを入れたりして頑張っていたなんて知りませんでした。
でも、彼は余りにも天才過ぎたために神に召されるのもかなり早かったんですね。何しろ54歳の若さだったというのですから。
ピーター・セラーズと言えば「ピンクパンサー・シリーズ」が有名でそれも何作か製作してある。私は不勉強でこれ位しか知らなかったのですが名前だけは知っていた「博士の異常な愛情」「カジノロワイヤル」とかに出演していたんですね。
本当に無知でした。でも、彼は本当にそれらの映画の出演、確かに彼の天才的も言える喜劇の才能でやっていた他の喜劇作品の出演だけで満足していたんでしょうか? 私はこの映画のラストを見て、本当に彼のやりたい映画、出演したい映画は他にあって
たとえ興行的に失敗してもやりたい物はあるような気がするんですね。
確かに彼の喜劇は、大ヒットだったと思います。しかし、彼の才能、希望は違う所にあり、仕方なくやっていたのでは無いでしょうか?
本当にもったいないと思いました。彼は我侭だとか色々と悪意のある噂もありましたけれどそれは彼の才能がスバ抜けていた為に起きた事なのではないでしょうか。
興行的に成功するからと言う目先の金儲けだけを考えて彼に仕事のオファーをしてくる人達。彼の本来の才能が生かせなかったというのは残念です。
しかし、彼がコメデイの一時代を築き、今に至っているという偉大な功績は映画史の中でも燦然と輝くものなのです。
また、彼は、家庭的には余り恵まれてはいなかったんですね。彼の仕事への原動力は常に母親からの応援。
彼が仕事で成功すればするほど彼の家庭生活は悲惨なものになっていく。実際に彼は四回、結婚したとの事ですがどれも余りうまくいかなかったようです。しかし、彼は常に女性を求めていたんですね。母親のみならず他の女性から仕事へのパワーが欲しかったんだと思います。
家庭と仕事のバランス、彼には難しかったんでしょうね。惜しい俳優を亡くしました。
さて、ここで、ピーター・セラーズの役をやったのはジェフリー・ラッシュ。彼は「シャイン」でアカデミー主演男優賞、その他もろもろの賞を総なめにしたとの事ですがやはり、彼の演技というか、
演技にかける情熱。素晴らしいです。まるで生前のピーター・セラーズがいるみたい。彼自身がなりきってしまったんですね。映画のどの部分を見てもジェフリー・ラッシュではなくピーター・セラーズがいたのですから。とにかくそっくり。
映画そのものもとても面白かったです。これは彼の実力以外の何物でもありません。はまり役です。ここまで自分を殺して演技できるのも彼の才能なんでしょう。
共演陣としてはシャーリーズ・セロン。いま、とても人気ですね。色々な映画に出ています。彼女もやはり、アカデミー俳優。素晴らしいです。
映画自身で面白かったのは時代背景の工夫でしょうか?  その時代時代に合わせたセッティングはより、映画を魅力的にしてくれました。
それから、ピーター・セラーズが演じた映画の再現では、その時のフィルムの一部を使ったのでしょうか? 
一番時代を反映するのは音楽。その音楽も時代に即した懐かしいものばかり。何から何までピーター・セラーズの時代、そのものでした。
ストーリーは、いかにしてピーター・セラーズが名声を築くか、そして、仕事と自分の才能、家庭生活のバランス。ここを描くのに苦労したと思います。
かれは下積み生活の長い役者。始めはラジオの人気コメデイ番組の出演をしていた。しかし、彼の希望はこれだけではない。きちんとした役者になる事。しかし、彼のこのキャリアが、容姿が悉く彼のチャンスを潰していく。
しかし、ある日、彼は奇抜な方法でオーディションを受けた所、採用。そこから彼の役者人生が始まった。俳優として英国アカデミー賞最優秀男優賞も受賞する位にまでなったかれは共演者のソフィア・ローレンに惹かれる。ソフィアは彼をたしなめるが彼はますますその気になってしまう。
家庭騒動になった。今までの彼を支えていたのは両親もそうだが妻の存在。そして、子供達。つまり家庭だった。あきれた妻は家を出て、両親だけが彼の精神的支えだった。
ある日占い師が、彼に「孤独は駄目。何人もの美女が彼の前に現れる」と囁かれ、彼はその言葉を信じ、女性との浮名を次々と流す。
彼には、1つ問題があった。英国では人気があるけれどアメリカでは…。ハリウッドで名を売らないと駄目。そんな時に出たのが「ピンクの豹」これが主役以上の人気を得てしまったが自分的には納得いかない。そんな時父親の入院、そして別れがあった。
彼の私生活は乱れた。一方、彼にはキューブリック作品のオファーがあり「博士の異常な愛情」であった。彼はそれに挑み、名演技を披露した。
一方で、彼にはピンクパンサーシリーズのオファーがあった。喜劇から遠ざかりたかった彼は返事が出来ない。渋っている時に、スタジオと組んでいる例の占い師に「B・E」と言う人物に会う。その人を大切にしろ」といわれた。所がここで問題。
彼の前にスウェーデンから来たブリット・エクランド会う。彼女もB・Eだ。彼は誤解し、彼女を口説き落とし終には結婚。新婚旅行で幸せをかみ締めていた彼だがそこで生涯を通じての持病の心臓発作が起きる。さて、彼のキャリアはどうなるのか。
新婚の妻との関係はどうなるのか。ここからが彼の成功でありながら悲劇的な部分なのである。

とにかく、この映画は単純な有名人の伝記映画ではない人生はいつどうなるかわからないというドラマ的な部分を述べているのがポイントである。
ピーター・セラーズ、波乱万丈な人生。その中でどう生きてきたか。それがテーマ。
また、この映画で名演技を披露してくれたジェフリー・ラッシュ(パイレーツ・オブ・カリビアンにも出ている。)。彼の演技も光り輝いていた。
ちなみに原題は「THE LIFE AND DEATH OF PETER SELLERS」
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サスペクト・ゼロ

サスペクト」=容疑者。それが「ゼロ」と言う事は、その犯罪における容疑者が全く捜査線上に出て来ないと言う事。動機や手口なども良くわからず犯罪だけで見れば
見事な芸術的犯罪といえるのかもしれないが犯罪が起きた以上、絶対に犯人はいるのであり、いないということは無い。ただその正体を隠すのが非常に巧みであるという事だ。
これもまた、何とも言えない、人間的に見れば哀れな一種のホラー・ムービーと言えよう。
しかし、今年は何でこんなに沢山この時期にホラームービーが一挙に公開されるのか? 大作がお正月に公開されずに年明けから公開されたのはなぜか? ちょっと疑問が残る。
通常ホラーといえば「夏!」と相場が決まっていたのに、今は「冬」です。変ですね。まあ、こんな事は後回しという事で…。
アメリカと言う国は本当に色々な犯罪が起きますね。一年間の行方不明者の数、そして、迷宮入りの事件の数、ただ事ではありません。しかも、アメリカは国土が広いから幾つもの州に
別れていて、それぞれ独自の行政機関があり、州の法律も違う。当然、警察組織も違うし、やり方や、逮捕の基準等も違うのでしょう。そういった縦割り式の捜査網のループホールを見つけて
州の枠を超えて犯罪は行われる。犯罪に国境は無い。そう言った、やり方の矛盾ややりずらさを無くす為にFBIという国家的警察組織が出来た。
これはアメリカ国内で行われる州を跨いだ広い地域での犯罪捜査を円滑に行うために設けられた組織である。当然、こういった組織がある以上、ある程度の犯罪検挙、または犯罪捜査率を上げなければならない。
そうする為にさまざまなプロジェクトも行われたと伝説的には聞くが、今回の映画もそのプロジェクトに関係していると思われる物である。
少し、神がかりな感じはするが、科学的根拠に基づいて行われたプロジェクト。そのプロジェクトに関係した人物が、いる。プロジェクトは崩壊しても関係者は事と次第によっては抹殺されたりする事もあるだろうが
この場合は放置に近いと思う。やるのなら後始末はきちんとやって欲しいなと思いますが、でも人間を利用しているんですからもう少し気遣いが必要かなと思いました。
メインの出演者は豪華ですね。よく、捜査ものに出演しているアーロン・エッカート。「マトリックス」で特に有名なキャリー=アン・モス。そして、重鎮のベン・キングズリー。特にベン・キングズリーの演技は見事です。
悲哀というか、自分は何なのか、どうしたらいいのか、そして他人と精神同調した時のあの悲しさを表す表情等はとても見る価値大です。
ただ、こういう話はあまりと言う方は怖いので余り、お勧めしません。
ニューメキシコの田舎に左遷されたFBI捜査官のマッケルウェイ。転勤初日から色々な出来事に遭遇する。まず、一件の殺人事件。そして、二件目、三件目。方法や、殺害された人物達に共通点はないけれど1つだけ
例外があった。それはどの死体にも「SUSPECT ZERO」のマークが…。そして、立て続けに資料が彼宛にFAXで送信され続ける。そこで、田舎ではなくダラス支局から捜査官が派遣されてきた。共通点があるために。
その捜査官は過去にマッケルウェイと付き合っていた事もあり、彼の事を良く知っていた。彼女と共に「SUSPECT ZERO」のマークを手がかりに捜査をするのだが何の進展も見られない。ひたすらイライラ感が募るだけであった。
そして、犯行に関連するようなスケッチやメモ、資料がどんどん彼の元へ。誰が送っているのかもわからずひたすら、苦労しているだけ。彼は頭痛を訴える。
そんな時、捜査線上に自称元FBI捜査官と名乗る男、オライアンが浮かび上がる。そして、「サスペクト・ゼロ」ということからこれらの殺害された人物は捜査が進展するにつれて連続殺人犯の犯人だという共通点が出てきた。
今までの捜査で彼らのことは容疑者リストにも載らなかったのになぜオライアンが出来たのか。なぜ、わかったのか。この殺害された人達を殺したのはオライアンなのか? 謎が謎を呼び事件は混迷していく。
そして、なぜ、オライアンはFBIと名乗るのか? そこで「イカロス計画」というのが浮かび上がる。これは過去にあった計画だったがもう、無くなったも同然の封印された物。これはどんな計画なのか? オライアンとこの計画との関係はどうなっているのか?
調べると「イカロス計画」と言うのはある種の特殊な能力を持った人物のを選び彼らを訓練し、能力を伸ばし軍事目的や、迷宮入り事件の捜査に当てるという物だった。どうやらオライアンはその生き残りらしい。しかし彼はそこで鍛えられた能力をどうする事も
出来ずにいたのだった。その中で新たな事件が起ころうとしているオライアンはそれを予知している。
他の捜査官は彼を信じていないし、逆に逮捕したがっているが、マッケルウェイ達は違った。オライアンを交えて新たなる犯罪にどう対処していくのか。オライアンが感じる犠牲者達の悲鳴。オライアンはどうなるのか。どうしたいのか。
最後に関しては、彼らの演技の見所と映画の核心部分なので見ていただきたい。ただ、なぜこれらがわかったのかと新たなる犯人像を掘り下げる所、オライアンの悲哀については特に重要ポイントだと思う。
スリラー、ホラー物の中でも久しぶりのサイコ物。衝撃は大きい。
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マシニスト

まずポスターやチラシの写真に注目したい。ガリガリにやせ細った男の写真と英語のタイトルの書き方のデザイン。何とも不気味な取り合わせだ。
ちなみに、この英語のタイトルの書き方はハングマン・ゲーム。このハングマン・ゲームは映画のストーリー展開の上でも非常に重要な意味を持つ。
それにしても、この男、やせ細って本当に気味が悪い。なぜこの様になってしまったのか。
タイトルの「THE MACHINIST」は工場で働く機械工の意味だが、確かに主人公は工場で働く機械工である。
よくチラシを見てみると一年間睡眠を取っていないと言う。睡眠は人間が人間らしく生きる為の大変重要な生命活動である。人間はせいぜい寝ていなくても11日間が限度だと
言う。一年間と言うとそれをはるかに越え、当然生命の維持に赤信号が点る。
体調だけでない。脳の働き自身も落ちてくる。集中力は欠き、物忘れは激しくなる。ついでに感情コントロールも上手くいかなくなる。
食欲も無くなり、正常な人間的生活ができなくなる。
なぜ、この男は、こんな重度な不眠症に陥ったのか? この謎を解き明かすのがこの映画のテーマである。
しかし、主役のクリスチャン・ベイル。凄まじいですね。この役になりきる為に自分の体を犠牲にしてガリガリにして。この主人公の男を演じる為に約30kg
の減量をしたとか…。他の理由でダイエットする人は良く聞くけれどここまで役に徹して自分を犠牲にするのは凄いと思う。その為に余計にこの映画の主人公の気味悪さが目立った。
確かに画面全体が暗いのだが…。
主人公のトレバーは機械工。毎日決まった時間に出勤し、決まった時間に退社。非常に真面目に勤務していたが実は彼はこの一年間寝ていない。正確に言うと眠っていない。
映画の冒頭はかなり、ショックなシーンが展開されるがいきなりなので余り、観客にとっては始めは何なのだろう? と思う程度だ。ここで、怖いのはこのシーンを見ていたもう一人の男(アイバン)
と呼ばれる男だがこの男に「Who are you?」と尋ねられる所が非常に不気味だ。この言葉も実は重要な意味を持つ。このシーン自体が、映画の後半で起こる内容の伏線になっているのである。
最近、トレバーは自分の体の変化に悩んでいた。回りも彼の異常な痩せ方に危惧を抱いていた。こんな彼だが彼にとっての慰めは毎日空港のカフェに行ってコーヒーとパイをオーダーする。ここが彼のお気に入りの場所。それに
カフェのウェイトレスの女性の笑顔を見てちょっとした安らぎを得るのである。
また、家の近くでは娼婦のスティービーとも付き合いがあり、彼女の所でも何とか安らぎを得て眠りに付こうとするが上手くいかない。
そんな彼だが、物忘れがだんだんひどくなり、このごろではメモに用件を書き冷蔵庫に張っておくのであった。所がこのメモ書きが変えられている。
「Who are you?」と書かれた紙が張ってあったり、後ろ二文字がERで終わるハングマン・ゲームの絵が張ってあったり、心理的にとても不気味な事が起こりっぱなしなのだ。
そんなある日、彼はアイバンと言う男に出会う。この謎の男の存在が今後彼を苦しめ続けるのであった。
仕事のミスも重なり、彼は工場を首になってしまう。アイバンは赤のスポーツ車に乗って彼の近辺をうろつく。彼にしては一体何の用なのか知りたい。彼は自分自身の体を犠牲にして
アイバンの乗っていた車の番号を照会する。しかし、アイバンはせせら笑うだけ。しかもその番号は…。
ある日、彼は空港のカフェのウェートレスとその息子と遊園地に行く。彼女は用事で席を外し、彼女の息子と二人だけで乗り物に乗る事になる。
その乗り物の名前が「ルート666」。普通、「ルート66」ならよく聞くが666? これは昔の映画「オーメン」にも出ていたし聖書の黙示録にも出ている数字。危険な数字である。
ちょっと嫌な思いをするが彼女の息子とその乗り物に乗る事にしたが中が酷い。絶対、子供厳禁の場所だ。余りにも残酷すぎるのだ。
少年は癲癇を起こして倒れてしまう。持病と言うが…。
娼婦のスティービーのところでは探していた写真が見つかった。その前に、彼女とトレバーは未来の話をしていたのだが…。その写真にはアイバンが写っていたのだ。
そして、スティービーをなじるがスティービーからとてもショッキングな事実を聞かされる。それは…。
ついに、かれはある決心をする。そのシーンは冒頭のシーンと重なるのだが、自分が何なのか、アイバンとの関係を知るのだった。そして…。

とにかくこの映画全体は本当に不気味でありまた、人間が極限の状態に置かれるとどうなるのかが如実に語られていてとても怖い。
クリスチャン・ベイル、命を懸けた演技だなと思った。
彼はこれから「バットマン ビギンズ」等でも活躍するであろう。これからが楽しみな俳優である。
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THE JUON/呪怨

もう皆様、ご存知の日本が誇るホラームービー「呪怨」のハリウッドリメイク作品。
元来、ホラーは嫌いではないのだが何か気味悪いので見るのを避けていた。それで元の日本の作品「呪怨」「呪怨2」は劇場版、オリジナルビデオ版全て見ないで
この作品を真っ白な感覚で見た。怖い。何ともいえない不気味さ。本当の原作からしてハリウッドホラーと言うのとは全く雰囲気が違う。
もちろん、元々、日本の作品をハリウッドがリメイク権を取り作ったと言うのもあるだろうが、それ以上に舞台がこれまた日本。ただし、出演者はハリウッドの方。監督も映画クルーも日本人と
なればやはり、底知れないじめじめした感じの恐怖と言うのは拭い切れないと思う。でも、また、それが全くなくなるとこの「呪怨」シリーズの面白みがなくなってしまうので難しい所だと
思う。しかも、この監督は元々の「呪怨」シリーズを自ら監督・脚本してきたとの事。ハリウッド版の製作には抵抗があったのではないだろうかと思いつつ映画を見ていた。
そもそも、また、舞台が日本ならばハリウッド版にする意味は? と、思ったが出演者ひとつ変えるだけで雰囲気は変わる。例えば、今回の呪いの元はやはり、日本の独特の物であるが、出演者が
日本人ではないとすると色々な物の見方がここに入ってくる。 つまり、「日本人ならこう感じるはず」と思い込みがちなのが「こういう見方もあるのだな」と言う部分が製作作品に入ってくる。
それが狙いなのかもしれない。ハリウッドテイストをこの日本の話に入れたらどうなるのか? という実験的な試みである。
この作品の前に「ザ・リング」と言うのがあるがこれもそんな考えの1つで製作されたものなのかも知れない。
まず、ハリウッドテイストの1つにこの映画のタイトルが「THE GRUDGE」になっていると言う事もあるかもしれない。
しかし、あくまでリメイクなので、ストーリーの構成などは最初の「呪怨」にある程度忠実である必要があるとは思う。
ストーリーはあるアメリカ人大学教授夫婦の夫がマンションのベランダから飛び降りて死亡してしまうところから始まる。
そして別なあるアメリカ人の夫婦が、仕事の関係で日本に来る事になり、家を買った。古く、いかにも日本的つくりの家。そこが気に入り買う決心をしたのだった。
しかし、その夫婦には1つ問題があった。年老いた母親がいたのだ。昼間いないので介護ボランティアが必要だった。そこで、介護センターに頼み日本人スタッフの洋子を派遣してもらった。
ある日、いつもの様に洋子が行くと家中が散らかっていて、年老いた女性のみがいた。彼女の世話をしてから、洋子は家の中の掃除に取り掛かった。それから?
突然連絡が取れなくなったので代りに日本の国際大学で福祉を勉強しているカレンに要請が来た。彼女は介護の単位が欲しくて希望を出していた。
彼女が日本に来た理由はボーイフレンドのダグが日本で勉強をしたいというので付いてきたのだった。
カレンがその古い家に行った時はアメリカ人夫婦の存在はなく年老いた女性だけが残されていた。カレンもやはり色々と老女の世話をした後、家の清掃に取り掛かった。
彼女はこの家に来た時からただならぬ雰囲気を感じていた。少年の姿らしきものが目の前を通る…! 調べると押入れに少年が閉じ込められていた。そこで、介護センターにいる、アレックスに
そして、心配してアレックスが家に来ると老女は死に、カレンは恐怖におののいていた。そこで、警察に連絡。そこで英語にも堪能な中川刑事が派遣されてきた。家を捜索すると屋根裏にこの家を購入したアメリカ人夫婦の
死体が…。そして、この家には色々と謎に満ちた点があった。そこで、病院に収容されたカレンに事情聴取。話を聴いているうちに、三年前、その家で起きた戦慄の事件を思い出した。その時も彼が担当だったのだ。
そして、関係者が次々と死亡! その事件を思い出していた。 そして、そのアメリカ人夫婦に妹がいることを知り、連絡を取ろうとする。一方その妹も恐怖の中にいたのだ。そして…。
元気になったカレンはこの事件を調べようとした。三年前の恐怖の事件。その事件の内容を追いかけて見ると、ある大学教授の名前が挙がってきた。それはこの作品の最初に出てきた自殺した大学教授。
ここに、一見バラバラになっているような事柄が連鎖のような輪を描いているのに気づく。
そして、関係者は次々と…。
つまり、関係ないように思われて最初のシーンが映画の終わり近くになって伏線になっているがわかる。映画の作りも連鎖になった輪なのか?
この作品の主演は今はアイドルになっているサラ・ミシェル・ゲラー。その他の出演者にビル・プルマン、ジェイソン・ベアらが名を連ねる。
中川刑事役に石橋 凌。彼の英語は非常に聞きやすかった。多分、ダイアローグコーチは付いているんだと思うが元々、英語は出来る人だと思った。
それにしても人間の怨念は怖いものだ。まさしく呪怨。GRUDGE。
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ビフォア・サンセット

お洒落な街、パリでの何年振りでの偶然の出会い。夕方の飛行機に乗るまでのほんのわずかの時間しかない。二人は、時間を惜しむかのように話し続ける。
しかし、一箇所に落ち着かない。それはきっとタイムリミットまでの後少し、もう少しの感覚がなせる業だと思う。
この映画をずっと見ているだけであっという間にパリの有名どころがスクリーンに登場してくる感じである。一緒に観光している気分が味わえないわけでもない。
とても懐かしい。一番好きな所はノートルダム寺院をバックにしているセーヌ河沿いの古本屋さんがずらっと並んだ通りを二人が歩いていく所。あっという間だから
気づかないかも知れない。
この作品は、私は何の予備知識無しで見に行った作品。従って、この作品が作られる前に前提となる前作があった事は全く知らないで見た。ただ、評判が良いと言う
それだけの事で見に行ったの作品。当然、前作の「恋人までの距離」(原題BEFORE SUNRISE)は見ていない。
しかし、作品の作り方というか構成のポイントがとても面白い。登場人物はたった二人。二人だけの会話で映画が成り立っている。もちろん場面によっては店員とか、運転手とか
必要に応じて登場するが、彼らにはセリフがなく、極端な事を言えばとりたてていなくても良い存在。そして、映画の始めから最後まで、繋ぎも何もない。ひたすら二人のダイアローグ
だけで進められている。つまり、見ている私達も作品のストーリーも同時進行している訳である。
これは本当に珍しい作りの作品だとよくよく見入ってしまった。
この続編「ビフォア・サンセット」の邦題が英語をそのまま使うのであれば前作の題名「恋人までの距離」という邦題よりもやはりそくまま英語を使って「ビフォア・サンライズ」の方が作品同士の対比の意味もあって良かった様な気がする。または、
続編に当たる本作品に全く違うタイトルをつけるとか…。でも難しいですね。ヨーロッパは夏場は昼の時間が長いので夕方と言っても中々、日が落ちません。すると、後わずかしかない時間を有効に使おうと言うイメージの
このまま、使った方がリアリティと緊迫感が維持できるかな。タイトル1つ取っても難しいですね。
出演者は前作と同じでイーサン・ホークとジュリー・デルピー。監督も同じくリチャード・リンクレイター。イーサン・ホークは最近何かと注目されている俳優。ここ、一年間位の間で日本の劇場公開された作品で私が見たのでは
「テープ」と「テイキング・ライヴズ」がある。しかし、まだ、そんなに年齢行っていないと思うんだけれどあの何とも言えないくたびれ掛けた渋さと言うか、独特の雰囲気は何なのかしら?と時には思う。
いずれにしてもよくあんなに長いトークをずーっとやれるほどセリフ覚えていられるなと感心する。
ストーリーは前作にまでバックし、9年前、列車内で会い、ウィーンで下車。何時間もお互いの事を語り合い、やがて時間(早朝)が来て二人は別れる。ただし、半年後に同じ場所で会うことを約束して。
しかし、フランス人のセリーヌは親戚の不幸の関係で、行こうとしていたが行けなかった。一方、アメリカ人のジェシーは約束を果たそうとその場所へ。しかし、逢えるはずもない。
この事の確認は本作品でもダイアローグの中で確認する部分があり、前作を補足している形になる。ここまでが前作の内容。だから前作の英語の原題「BEFORE SUNRISE」は夜明けまでのわずかな時間を語り合いつくす二人が
描かれているはず。
今作品はあれから9年の月日が経った。ジェシーは結婚し今は有名作家。パリの有名書店でのプロモーションの為にパリの地に来たのだった。
一方、セリーヌは報道カメラマンと付き合いはあるのだろうけれど未だに独身。環境保護団体に勤める。
ジェシーがプロモーションをしている本屋にセリーヌはやってくる。セリーヌはパリで暮らしていてこの本屋の常連でポスター等でこの事を知って来たと言う。そのセリーヌに気づくジェシー。サイン会も
吹っ飛ばしてセリーヌを見つけ出し話しかけようとする。しかし、ジェシーは夕方の飛行機でパリを発たなければならない。残された時間はほんのわずか。約1時間半。その間、時間をもらい、セリーヌと再会を喜び合い話しをしようと
する。時間がない為か、話し方はまるでマシンガントークだ。お互いの近況、この9年間の出来事。色々な事柄についての意見の交換。そこのカフェでと言いつつ、その場所に着くまでにかなり話している。そして、色々な小路を歩くのである。
カフェの中でも時間を惜しむかのように話し続ける。そして、カフェをでて別れるまでの間の話しながらの散歩がまたとても良い雰囲気なのである。ロケーションも良い。
ますます、時間の切迫感を感じる。そして、別れの瞬間。だからと言って決してくどくない。お互いさっばりとした感じだ。出来ればまた再会をと言うところか…。
本当に時間の惜しさ、痛ましさを感じさせる作品で何とも言えないいい雰囲気の恋人の二人を感じた。
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ボーン・スプレマシー

あのジェイソン・ボーンが帰ってきた。前作でマット・デイモン自身、自分のイメージを打ち破って作り上げた「ボーン・アイデンティティー」。
それを上回る、迫力とスケールで今回は作られている。ただ、ストーリーの作りが前作の続きと言う形で出来ていて、さらに、二年が経過していると言う
前提で出来た内容なので、前作を見てから、今作品を見る事をお勧めする。
前回はパリがメインの舞台だったが今回はヨーロッパ各地が舞台になっていて本当にスケールがでかいなあと思う。前回を上回るようなカーチェイスはとても
見ものである。しかし、私自身の見解だが、ボーン・スプレマシーを見た後で、ボーン・アイデンティティーと見ると、何となく前作の方が私としては好み
である。
前作では、懐かしのパリの街を見れてとても嬉しかったが今回もヨーロッパの色々な所が画面に映し出され非常に懐かしさを覚えた。
世界各国で絶賛された今作品だが本来はお正月映画レベルだなという気がする。何か今回はお正月映画は余り、それ程の大作がなくどちらかと言えば
分散型小粒映画。その代わりと言っては変だが、お正月明けに大作が次から次へと公開されている。
前作は自分の事は覚えていないスパイだが、命を救われ、彼が生き返り、自分を確かめる所から話が始まった。
今回は、前作の続きから、スタートする。前回の最後で彼は一緒に行動を共にしていたマリーとインドで暮らしていた。相変わらず自分の事は良くわからない。
記憶が途切れる。ただ、CIAエージェントとして活躍していた時の訓練はしっかりと体で覚えているのだ。それに、彼自身やはり、精神的なストレスは大きいのだろう。
いつも悪夢に悩まされ時には肉体的にも犯される時がある。マリーは必死で彼を癒そうとするがなかなか上手くいかない。
そんな時、CIAでは、ビッグプロジェクトが動いていた。組織内の不祥事の一層だ。そこで手がかりを見つけいざ取引と言う時に失敗した。
その時に唯一の手がかりは指紋。ジェイソン・ボーンの指紋だ。指紋照合をすると「トレッドストーン計画」これは前作で出てきたものだが、ここで、アクセス拒否。
上司に問いただすがどうものらりくらり。しかし、CIAの捜査官のパメラ・ランディはボーンの仕業と思い込み、彼を追い回す。逃げている最中、一発の銃弾が愛する
マリーを打ち抜いた。
ボーンはマリーとの幸せな生活を夢見ていた。そんな彼女が殺された。今のボーンは早く自分の記憶を取り戻し、復讐し、しかも自分の本当の過去を知ること。
それだけだった。
一方、CIAのパメラ・ランディは「トレッド・ストーン計画」に興味を持ち、関係責任者、上司でもあるアボットに問いただしていた。アボットとしては自分もその関係者であること。
不祥事に関係している事を必死で隠そうとしていた。あらゆる所から狙われるボーン。さて、どうやって切り抜けるかが今回の注目すべき点である。濡れ衣を着せられたままでいいのか?
ストーリーの最後でパメラに連絡を取るボーンだが、パメラはボーンの資料を集めていた。そこで、本当のボーンはいかなる人物か教えた。
今や、彼女は忌まわしい「トレッドストーン計画」の全貌を知っているのだった。
今回は監督もダグ・リーマンからポール・グリーングラスに代った。もともとの原作ではこの作品は三部作だったらしい。その為か、今回のエンディングは次回作のあることをなんとなく
仄めかしている。
なお、日本語翻訳も前回は戸田奈津子だが今回はアクション物に強い菊池浩司に代っている。
おとなしい演技派のイメージのあったマット・デイモンだが今回の「ボーン・スプレマシー」でますますアクションスターらしい感じが出てきた。
次回はどんな活躍をするのか楽しみな俳優の一人である。

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劇場版「テニスの王子様」-二人のサムライ

「まだまだだね。」「油断せずに行こう!」「残念無念まった来週!!」「俺様の美技に酔いな!」
番組を見ているとこれらのセリフが出で来る。と言うのは彼らは中学生でありながら、何やら独特の雰囲気があって、いつも水曜の夜七時を楽しみにしています。
最近は仕事の関係とかで見れない事が多いけれどジャンプコミックスはしっかりと買っている私。 これが、劇場版が作られるとあっては話が別で、絶対見に行かなくちゃと思っていたんです。
ところが、公開から約二週間がたっていながら上映時間はいつも昼間。しかも、土・日の休みの日に行けば全回満席。まあ、特に中学生・高校生に人気がありますから。

私がこの「テニスの王子様」を見ていた時はまだテニススクールに通っていました。しかもレッスンは水曜日の夜。だから、テニプリを見てからでもしっかり行けたのです。しかし、越前リョーマ君は
いつまでたっても中学一年生なんですね。というか、半年の出来事を描くのにどれだけの年月が掛かっているのかなと思っています。

でも、今回も面白いですよ。よくスペシャルをテレビでやっていますが今回はミニチュアサイズではありません。
立派なストーリーになっているんですね。しかし、最後の跡部の登場の仕方はやはり彼らしいです。

映画化という事で彼らの技の表現の仕方もグレードアップ。しかも、なぜか今回はリョーマにお兄さんが居た????????????
という大きな謎を含んでいます。しっかし、青春学園中等部のテニス部諸君はいつも色々と困難にあいますね。

今回は豪華客船に青学の面々は招待される。しかし、それは罠。エキシビションマッチを金持ちの桜吹雪という男に依頼され、青学の生徒達は招待に応じる。その情報をキャッチした跡部は「あ〜ん?」
といつもの調子だが跡部も実は財閥のお坊ちゃん。色々と裏を調べてくれる。

さて、そのエキシビジョンマッチだが、桜吹雪自分のチームを持っている。そして、観客に賭け試合をさせているのだった。そして、オッズが発表されると圧倒的に青学チームの人気が高い。
そこで、八百長試合を言ってくる。それも脅迫して…。

そんな事は不正だと青学チームは正々堂々と戦おうとするが…。

そんな時に表れるのが桜吹雪チーム側にいる「越前リョーガ」。彼はリョーマの兄といっているか果たして? リョーマにはかすかに幼少の時の
オレンジの記憶がある。彼とはどういう関係なのか。この作品ではあまりはっきりとは出てこない。多分、後の作品で現れる事であろう。

さて、今作品には本編の後に跡部からの贈り物〜君に捧げるテニプリ祭り〜が付いている。これもかなり笑える。
なぜ「俺様」の跡部が主催なのか?  よくわからないけれど全てがコメディで、いつもはチョイ役の人も出ているし、かつて、出てきた人達も何気に出てくるオールスターキャストと言うわけだ。

なんだかんだと話は進むがいつもの跡部のセリフ「あん?そうだろ?樺地」といっている跡部の最後の樺地へのメッセージは最高!!!。

テニプリファン諸君!!!  是非見に行こう!!!!
posted by diane at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アレキサンダー

製作費200億円、壮大なスケールで描くスペクタクルとエンターテインメント超大作!という触れ込みの作品。
最近は、よくコリン・ファレルとアンジェリーナ・ジョリーの作品が日本で公開されている。二人とも今が旬の俳優と言えよう。
そして、忘れてはいけないのが、アンソニー・ホプキンスの存在。彼のナレーションで主に映画は進行していく。
アンソニー・ホプキンスと言えば「レクター博士」のシリーズでその独特の恐怖感を観客に植え付けた事で非常に印象深い役者でもある。
しかし、私は彼は「レクター博士」も良いのだがその他の落ち着いた作品が好きだ。特に彼はシェークスピア等にも出演した事のある名優。
彼のきちんとしたナレーションは素晴らしい。作品中は出演しているが、事実上、この作品の内容を上手く進める為のナレーターだ。
彼の話し方はとても良い。落ち着いているし、英語も綺麗で、早いという以外、とてもはっきりとしていてクリアーだ。
さて、アレキサンダー大王(ALEXANDER THE GREAT)は誰でも知っている人物だと思う。彼の業績は、歴史の時間等にも触れてはいるが
どのような人物だったかと言う点においては非常に謎が多い。意外と知られていないのが彼は夭折だったという事だ。その短い人生の中にこれほどの偉業を
成し遂げた人物。やはり敬意に値する。
学生時代に学習した中では、彼はバルカン半島のギリシアの北部にある今でこそとても小さな国マケドニアの王。その王が、一年を発起して自分の届く範囲の世界の場所、未知の場所まで
踏破し、大帝国を築いた事。そして、要所要所に自分の名前をつけた都市アレキサンドリアを作った事。これは自分の東征を守りさらに進軍を有利に進める為の物。当然、これだけの
広大な範囲を配下に置くのだから要所は押さえなければならない。
彼の東征は祖国マケドニアにはじまりエーゲ海はもちろん、地中海東部は当然のこと今で言えばイラク、当時のメソポタミア、ペルシアをも押さえ、アルメニア、トルコ、バビロニア、バクトリア
インド西部、ソグディアナ、カスピ海近辺に至る。そして、シリア、パレスチナを越えエジプトへ。実に広大な地域である。この大帝国には10以上のアレキサンドリアがあるが未だにその名を残しているのはエジプトの
アレキサンドリアだろうか。
今でも言われているが、アレキサンダー大王の東征は現代にも多大な影響が残っている。例えば、旧ソ連のコーカサス地方や中央アジアの小国などでは、アレキサンダーの大帝国を維持する為に
彼がマケドニアから連れてきたギリシア系の影響が随所に見られる。NHKか何かの特集でご覧になった方はお気づきかも知れないが例えば、本場ギリシアにはもう既に消え去った文化や伝統が残っていたり、
民族的な顔立ちにもギリシア系の影響を受けたと思われる様な顔立ちを持った人達が居たり、アレキサンダーの影響は本当に大きかったんだと改めて認識できる次第である。
アレキサンダーは短い生涯の中でどの様な一生を送ったのでしょうか。彼については様々な憶測があります。この映画はその内の1つをクローズアップして取り上げたものと推察されます。
まず、なぜ彼は20歳の時に王位につけたのか。彼を世界征服に駆り立てた物は何か? 彼と母親の関係はどうだったのだろうか?  父親とは?

この映画のエンドロールを見れは゛お分かりになると思いますが、とても名だたる方々が名を連ねています。監督のオリバー・ストーンを始め、音楽のヴァンゲリス。豪華スタッフキャストの集まりとも
言える映画でしょう。
しかし、最近、こういう歴史物多いですね。「トロイ」しかり。
実を言うと私、あんまりコリン・ファレルは好きくないです。
posted by diane at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

着信アリ 2

前作の「着信アリ」の続編。
何しろ前作を見ていなかったので事の詳細は知らないがしかし、とても恐ろしいホラーだなと思った。見ていてこれで何とかだなと思っていると次から次へとまた、恐ろしいものが
やってくる。最後まで見た感じではまだ、続編がありそうな感じ。
携帯電話は、今では完璧に普及している。どこを見ても携帯電話を持って通話したり、通話が駄目な所ではメールの打ち込みをしている。それ位社会には完璧に浸透している携帯電話。
それなだけに最近では携帯に纏わる犯罪も多発。有名な所では「振り込め詐欺」かな? 私もそれに似た様なメールをもらいました。
この映画はそういう現代社会のバックグラウンドをがある上に人間の怖さ。結局、人間の奥底に潜む一種のヒステリックなまでの気づいていないかもしれない犯罪への憧憬。それを行うと
どんなしっぺ返しが来るか。それを上手い具合に結びつけた物と思われる。人間社会はある意味、弱肉強食の世界。強い者が弱い者を虐める。その結果、虐待され続けた人間はとんでもない
恐ろしい感情を心の中に秘めている。秘めている時間が長ければ長いほど、また、その憎しみが大きければ大きいほど返ってくる復讐は大きい。その結果、全く関係の無い人にまで影響が出る。
すなわち「恐怖の伝播」。「着信アリ」。最近の携帯は「不在着信表示」だがこれは、その異端に過ぎないのかもしれない。

今回の「着信アリ2」は日本だけではない。舞台を台湾にまで広げている。つまり、事の発端はかなり、昔にまで遡ると言う事だ。今回は台湾のロケ、そして、俳優さん自身も中国語を話さなければ
ならない。恐怖は日本国内だけにのみならず世界にまで広がる。
何気に気づくと「不在着信表示」。そして、何かなと思ってメッセージを見ると発信者は自分。しかも、日付や時刻は約三日後。留守録に入っている声は自分の声。そして、その声は恐怖に駆られている。
最近はTV電話機能のついた携帯もある。そうなると声のみならず画像も付いてくる。つまり、死の瞬間の予告。そして着メロは独特の死の予告メッセージの着メロ。それを受けたら最後、確実に
死はやってくる。なんとも怖い話である。
映画の主役はミムラ。そして、彼女を救う為に色々と活躍する恋人役に吉沢悠。そして、今回は、この事件を追い続けるジャーナリスト役に瀬戸朝香。彼女は中国語も披露してくれる。
ずっと、この不可解な殺人事件を追い求める警察官に石橋蓮司。
今回は、実際にどんな風に話しが展開していくのか、光明は見えるのか、ラストの30分が何とも言えずに怖い話だ。
posted by diane at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

きみに読む物語

愛は永遠」と言う事を教えてくれた映画でした。現代社会では枯渇している人間同士の触れ合い、本当の愛情を表した映画だと思います。
今は自分が誰なのかも覚えていない妻を思い出させる為にひたすら与えるだけの愛は本当に素晴らしい。心の底から愛情が深くないと出来ないと思います。
それも、二人が本当に出会ったあの夏の事を思い出させる為に…。
本当の真の銃愛映画と言う事の他にこの映画はもう1つ重大な事をも含んでいます。今後の高齢化社会において益々増えていくであろう高齢者特有の病気「老人性痴呆」。
これと戦う姿。どんな姿に自分のパートナーがなっても決して忘れない。自分達の愛は本当に永遠なのだという事。だから、自分のパートナーがどんなになっても思い出して欲しいと
思っている。また、そのパートナーも自分はいずれはその病気が進行していく事を知っていていずれは何もかも忘れてしまう。そこでまだ自分が確かな内に一番心に残る内容を本にしておく。
(メモと言う形だが)自分がすべてを忘れてもその大切な情熱的な思い出を語って欲しいと…。
愛を語るには年齢は要らない。この二人の間の愛には年齢は無い。しかも、愛は奇跡をも生み出す力がある。それをやってみようとしている物語である。
ついに、奇跡は起きるのだが、しかし、深い深い愛があってこそ。相手を深く思うからこそ、永遠に一緒にいたいと思うからこそ、最後の瞬間まで魂が触れ合ったままでいたいと思うからこそ、
出来る事であり、この愛は医療で判断された「老人性痴呆」という事柄を超えて奇跡が生み出される。魂に働きかけたのだ。これは人間だからできる事。科学では出来ない。癒しは人間同士の関係から
起きると言うのがここで述べられている。人間同士の付き合いが希薄な現代だからこそ、こういう物語が必要だし、私達にもう一度、何が一番大切かを教えてくれる。
また、映画の中で「私最近、絵を描いていない」と言う所があるが彼女にとって絵を描くというのは自分の心を描くこと。それをしていないというのは自分の魂との触れ合いをしていないという事だ。
自分の魂との触れ合いの仕方は色々とあるが、自分の魂と向き合うというのはとても大切。でなければ自分を失うかもしれない。これは誰にでも言える事である。やり方はどうであれ必要である。
晩年、自分の意識のある内に自分の一番楽しかった時を書き綴った本(THE NOTEBOOK)はもう一度、自分の魂と正直に向き合った結果だと思う。
この映画の最後、エンドロールのおしまいには、イメージソングと特典映像が流れる。この映画のイメージソングはCHEMISTRYの「ココロノドア」。ちょっと心憎い冬の歌である。
この曲は完全限定盤新作アルバム「HOT CHEMISTRY」の中に入っている。このアルバムもとても素敵なので機会があったら是非聴いていただきたい。
また、劇場特典映像はそのCHEMISTRYのインタビューが入っているので、彼らのファンには2倍に楽しめる事になる。
老人療養施設に暮らす身なりもきちんとした女性。彼女は「老人性痴呆(この場合はアルツハイマー症)と診断されて老いて最後の時をひっそりと全ての過去を忘れて過ごしていた。ある日、初老の男性が
彼女を訪ねてきた。彼女の調子が良い時に物語を話してやるのだった。それは、彼らの若い時の情熱的な愛の物語だった。
南部の田舎のシーブルック。アリーは裕福な家の娘。ノアはこの地方に住む肉体労働者。アリーはひと夏を過ごす為にここにきたのだった。ノアは一目で彼女を愛してしまう。
アリーもあっと言う間に恋に落ちてしまう。毎晩のように彼らは喧嘩というパターンを繰り返すが彼らの愛はますます深まっていくのだった。ある日、古い家をノアは彼女に見せる。「いつかこれを自分の物にする」。
これがノアが描いていたアリーと過ごす為の夢だった。
しかし、彼女の家の者はかれを馬鹿にし、付き合いを止めさせようとする。やがて彼女は街に戻る。彼女は都会育ち。ノアは田舎の青年。自ずと出自に差があると彼女の周りの人間は考えていたのだ。
ノアの愛はとても深かった。街に帰っても365通もの手紙を彼女宛に書き綴った。しかし、それは彼女の手に渡らない。彼女の母親の邪魔が入ったのだ。そうこうしている内にノアは戦争へ。アリーはカレッジへ。
二人の世界は離れていったのだ。アリーはカレッジに行き元兵士でもある弁護士のロンとの恋に落ちる。彼は南部の富裕な家の出身。彼女の家も問題なく大賛成。結婚話はトントン拍子にすすみ、後は結婚式を
待つだけ。そんな時に、新聞にあった一枚の写真。そこにはノアと修理されたあの古い家が写っていた。彼女は何もかも忘れて、とにかく結婚式前にシーブルックに行きたいと言い、ロンからも了解を得てシーブルックへ。
そんな二人の紆余曲折も有りながらの純愛はとても美しい。この映画のラストシーンはとても感動的です。
是非、見ていただきたい冬の心温まる作品です。
posted by diane at 21:19| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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