2005年08月31日

オペラ座の怪人-3回め-THXシアター

またまた、行ってしまいました。三度目の正直。前回とは違うシネコンです。
公開した週に見ておかないとシネコンではスクリーンが変えられてしまう恐れがあるので…。
今回は音響の比較的良いシネコンに行きました。DTS、SDDS、DOLBY DIGITAL対応の36本のスピーカーの付いたTHXシアターでした。
前回見たシネコンのIMAXシアターと違ってスクリーンが平坦な感じがしたんですが、この映画は何しろミュージカルですから、音楽性重視は当然です。
多分、来週からはここのシネコンではTHXとDLPのシアターでの上映に変わるはずなのでそちらでも見ようかな。そして、もう一館、普通の映画館でも上映
するから、しつこく、行くかもしれないです。
いままでの2回のレビューでこの映画の大まかな感想は述べましたのでそれは割愛して今回、気づいた事を書きます。

音響の良さのせいか、大迫力でした。音もよく響き渡っていました。それなだけに歌の質がはっきりと明確に出ていました。
特に、最後近くで、ファントムとラウル、クリスティーヌの三人の歌の共演ではやはり、ジェラルド・バトラーの質がクリアーになってきました。
他の二人との差が…。ここが一番の彼の悲哀を語り、物語の一番の盛り上がりなのですが、演技や歌以外の表情の表現、セリフ等は上手いと感じました。
しかし、やはり肝心の歌が…。全体的にこの映画の出来が良いのでこれは仕方ない部分ですね。
今頃、サウンドトラックを買おうとしても難しい事。まあ、予約していなかった自分が悪いのですが…。
初回限定盤は殆ど発売当日に完売との事。しかも、通常盤もかなりの売れ行きで、店に置いていません。輸入盤のサウンドトラックを買おうとしても
売れ行きが良くていつ入荷するかわからない状況。残念。
おまけに良く調べると、私はロンドン舞台盤を持っているのですが、これすらも完売。劇団四季バージョンも完売。とにかく「オペラ座の怪人」関係の
資料、サウンドトラックは完売でした。ついでに私は公開初日にすぐにパンフレット買ったんですが、これも完売でした。要するに「オペラ座」関係は
全てSOLD OUTの状態です。DVDの発売の時は絶対に予約入れて間違いなく買おうと思います。
ジェラルド・バトラー、今回はファントム役で頑張っていました。これも彼にとってはきっと良い経験でしょう。
で、今までどんな演技なのか、彼の印象が薄かったので「トゥームレイダー2」をDVDで見直しました。「タイムライン」もしたいのですがこれは
買っていないからなあ。とりあえず両方とも劇場公開で見ていますが…。
で、とりあえず見ると、彼はカッコいいんですね。アクション物が得意なのかな。メイクもしていないし、衣装も違うし、歌も無いから全然別な感じ
がしました。ついでに、これは彼に失礼かも知れませんが、彼は少し太ったかな? なんか恰幅良くなっちゃって。
でも「トゥームレイダー2」の方がとても自然に見えましたけれどね。
今回、この映画に出たという事できっと今後はミュージカル的要素の強い仕事が増えてくると思うんですよね。だからこれから、歌の練習もして、今度
このような映画に出る時はますます、みがきをかけて欲しいと思っています。
何しろリチャード・ギアが「CHICAGO」の後、またミュージカル映画のオファー。「Shall We ダンス ? 」に出ますよね。きっとこんな感じになると
思うんですよ。だから、ジェラルド・バトラーにはまだまだ期待しているのでダンスと歌、頑張って欲しいと思います。
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オペラ座の怪人-2回目-IMAXシアター

ファーストデイスペシャルの今日はもう一度、「オペラ座の怪人」を見てきました。
前回は試写会でホールみたいな所でしたし、スクリーン位置も余りいい物とは言いがたいものでしたね。
それで、今日は実際、どっちのシネコンに行こうか、悩んだんですが、サービスの良い方のシネコンを選びました。
ここは、IMAXシアターでやっているので大スクリーンで見た位置としては、ほぼ真ん中の位置で見たと言って良いでしょう。だから、前回よりは
ずっとスクリーンは見やすかったです。音響はDOLBY SURROUND-EX。まあ、そんなに悪い音響でもないですが、近くにTHXでスクリーンの大きな所
があるので、またきっと見に行く事でしょう。私にとって「オペラ座の怪人」は特別なんですね。だから、今度また、ロンドンに行ったら舞台を見にHER MAJESTY'S THEATREで見てこようと思って。
さて、この映画の字幕は戸田奈津子さんですね。定番人気ミュージカルでしたから、翻訳は非常に難しかったと思います。だから、言葉をそのままに使った部分もありました。
長い映画ですから、途中退席の人もいました。私が、ロンドンの舞台で見た時はファントムが呪いの誓いを立てた所で休憩が入りましたのでその間に用事は済ませました。
一番この映画で気になる謎は果たしてファントムは死んでしまったのか? それとも、行き続けてクリスティーヌの墓に置いてあった花が暗示しているようにまだ生きているのかと言う所でした。
でも、私は今回見て、ファントムは永遠に生き続けると思いました。
相変わらずの絢爛豪華さはありますし、ディテールも細かい。それに舞台では触れる事のできない部分も綺麗に作られていました。
特に「MASQUERADE」の部分は素晴らしい。それから、シャンデリアの様子も良く出来ていると思いますね。
試写会を見た時から気になっていた、音楽について触れたいと思います。やはり、全体的に声楽の精度は舞台から見ると落ちていると感じました。
理由は、映画の場合は舞台よりも美術装飾に力を入れたり演技力が如実にわかりますし、アップシーンもありますからビジュアル的にごまかしはきかないんですね。
しかし、問題の声楽の部分は????????????
例を挙げて言うと、「PRIMA DONNA」の曲で二人の支配人が歌うんですが、片方の支配人は聞かせ所があるのでそこはかなり歌える人というかオペラか何かやっていた方だと
思います。もう一方の方はミュージカルはやった事があるのかもしれませんが、歌唱力というか、声に伸びがないんですね。それはファントム役の
ジェラルド・バトラーにも言えるのかも知れませんが…。
主なキャスティングの中でやっぱりジェラルド・バトラーの歌唱力はちょっと引っかかりました。はっきり言うと彼のは演技は確かで悲哀も十分感じるのですがミュージカルの根源の
歌が、まあ、あの音域は音が取りにくいでしょうが、音が多少下がっていたりする事がありました。ファントム役は演技力とセクシーさが売り物なのである程度カバーは出来るのですが
でも、特に「THE POINT OF NO RETURN」の所ではジェラルド・バトラーの歌唱はエミリー・ロッサムやパトリック・ウィルソンと比べるとちょっと差がありますね。
やはり、舞台経験はあっても声楽の経験が少ないのが残念ですね。
しかし、伝統的にファントム役の人はそんなに歌唱力がある人はあまり出てこないんですね。どちらかと言うと脚本のせいかも知れませんがファントムは悲哀や、愛憎を観客に伝えなくては
ならなくてその為にそれをやるとオーバーアクションになってしまって歌唱部分が引きずられてあまり上手くいかないんですね。だから、あまり、歌唱の上手なファントムは今までに余りお目にかかったことが
ありません。
一方、パトリック・ウイルソンは上手いです。非常に歌いなれている感じがします。最もオフ・ブロードウェイから本場のブロードウェイの舞台に立った人ですから上手くて当たり前と言えば当たり前ですが…。
ただ、ちょっとアメリカン・アクセントが気になって…。
ファントムの演技は骨太さがある程度必要ですから、力強さが要求されてきますから、仕方ないかな。ジェラルド・バトラーは「トゥーム・レイダー2」「タイムライン」で最近の映画界では注目株。しかも
舞台経験は豊富なので演技力は豊富ですから。グラスゴー出身の割には彼は英語が綺麗です。一般にグラスゴーの英語は聞きずらいといわれています。
良かった曲はやはり、舞台でもそうですがクリスティーヌのソロパートですね。特に私は「ANGEL OF MUSIC」が良かったです。
さて次回はいつ見に行こうかな
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ベルリン・フィルと子供たち

ベルリン・フィルハーモニーと言えばクラッシックファンの方にはとてもなじみの深い、そして、伝統と名誉ある管弦楽団というイメージがあると思うのですが
最近では、こんな画期的な試みをしているんですね。特に、モダンの代表的作品、またモダンバレエでも有名な作品であるストラヴィンスキーの「春の祭典」を取り上げ
有望なベルリン在住の出身国も関係なく若者を集めて教育的ダンス・プロジェクトをしているとは、夢にも思いませんでした。
しかも、現在の芸術監督はイギリス出身のサー・サイモン・ラトル。彼の画期的アイディアと音楽に、いや、総合芸術に掛ける情熱はとても素晴らしいものです。
また、厳しい訓練や指導にも関わらずよく、若い人達(だって下は10代前半です。)に根気強く指導しているなあと感心した所です。
彼の音楽を通してコミュニケーションを図りたいと言うとても意欲的な姿を捉えたドキュメンタリー作品だと思います。
ちなみに、この作品は色々な所の映画祭での特別招待作品などになって公開しています。
ちょっと映画を見て驚いたのは最初と最後にロックミュージックが入るのですが(ラップっぽい)、ドイツ語なのでいつもの英語の感覚とちょっと違うんですね。
それもとても新鮮でした。ベルリンのロックシーンと言えば一時期、ヨーロッパのロックの代表的存在になった事もあるのですが、最近、ドイツ語の曲を聴いていなかったので
良かったです。
そして、大半の子供たちがクラッシックにはなじみが無い。まして、子供ですから扱いにくかった事も沢山あっただろうと想像付きます。
約250名の子供達の内で映画の中では特に三人の子供に焦点が当たるのですが、彼らのリハーサルの出来・不出来で一喜一憂する姿。そして、疑心と確信、不安と自信をさまよいながら
成長していく姿はとても感動しました。
今まで、ベルリン・フィルと言うとすぐ、「カラヤン」とか「フルトヴェンクラー」等の巨匠のイメージが強かったのですが今回のこのドキュメンタリー映画を見て新しいベルリン・フィルの音、特に
ラトルとの組み合わせの音楽をもう少し聴いてみたいと思いました。
そういえば、「ジルベスタ・コンサート」の様子が確か、放送されたはずなのに見逃してしまいました。何かの折に見てみたいと思います。
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Ray レイ

この作品は今やアカデミー賞有力候補として、かなり注目されている。先日のゴールデン・グローブ賞の「ミュージカル・コメディ部門」で主演男優賞でジェイミー・フォックスが受賞
している。
それ以前にも、偉大な音楽業界の大御所として、そして、盲目の天才ミュージシャン RAY CHARLES 彼の名前は有名で、それだけでもこの映画に興味のある人はかなりいたと思われる。
特に、R&B、JAZZ、SOUL、HIP & POPS、カントリー、ロック等など、挙げたら切りが無い位に彼の音楽は多大な影響を与え続けてきた。その人物を演じると言う事は多大な苦労がこの主役の人物には
かかっていたと思う。
余り、この分野の音楽は得意ではない私でも彼の名は知っており、映画の中で使われた彼の曲はどこかで聴いた曲が多かった。それぐらい彼の音楽は至る所で愛され使われ続けているいる。
この映画の企画は何年も前からあり、ジェイミー・フォックスはレイ・チャールズ自身がオーディションして決定したと聞いている。そして、この映画は製作されたのだが、彼自身は公開直前の
ほんの数ヶ月前に亡くなり、この映画は結果的に彼へのトリビュート作品となった。偉大なるレイ・チャールズの冥福を祈る。
作品はレイ・チャールズが目が見えなくなる少し前から始まる。彼は幼少の時は差別の多い南部の貧しい家で育った。まだ、彼の目が見えている時に彼は弟を失っている。この事実はこの映画では
とても大切なレイ・チャールズがなぜそういう行動をとったかと言う事の全ての伏線になっている。
彼は厳しい母親に育てられ「盲目でも馬鹿ではない。自分の足でしっかりと立つ事」を躾けられて育った。彼は苦労人である。黒人であるが故の差別、盲目であるが為に騙そうとする人達。そういう人達にも
打ち勝って彼は、現在の地位を築いた。しかし、彼は音楽という才能を神様からもらったと同時に彼の苦悩は始まるのだった。ミュージシャンとして認めてもらうまでの彼の長い下積み生活。音楽がより、ハイに成る為に手を出してしまった
彼。しかし、彼には、事実かどうかわからないが「弟を見殺しにしてしまった」という心のトラウマとの闘いがあり、これが彼の一番の苦悩であったと思う。作品の随所にそのシーンがちりばめられる。
彼の名が高まるに連れその思いは強く、薬から離れる事ができなくなるのだ。
また、もう1つの彼の音楽の原動力は女性関係である。彼は普段、隙を見せる事ができない生活を送っていたせいか女性の前だはまるで借りてきた猫のようだ。彼だって人間。いくら、母親の言いつけと言えども
甘えたい時はあると思う。彼は父親の話をしたが(家庭が3つあった)、彼はそんな父親の様にはなりたくないと思っていたけれど女性関係はかなり派手で色々な女性と付き合っていたようだ。子供も出来ているみたいだし。
しかし、家族を捨てる事は決してなかった。女性関係に甘い彼でも、妻を捨てる様な事は決してしなかった。かなりヘヴィなジャンキーな彼だったが家族、そして、天賦の才能を唯一示せる音楽の前には薬を絶つ決意をし、
実行する。大変な精神力だ。しかし、それを振り切る為には彼の場合、心のトラウマ戦う必要があった。それをも自分で克服していった。
しかし、彼の音楽は人生の歌。彼の音楽は彼そのものなのだ。彼の細かい人生の軌跡は映画を見てわかって欲しい。
レイ・チャールズを演じたジェイミー・フォックスは本当に素晴らしい俳優だ。彼を認識したのはつい最近の事だがトム・クルーズと共演の「コラテラル」でアカデミー助演男優賞のノミネート。当作品では主演男優賞のノミネート。
実力派である。また、演技に掛ける真摯な姿勢。これを抜きにしてこの映画は語れない。もしレイ・チャールズ自身がこの結果、この映画自身を見たらきっと大変喜んだに違いない。
彼を指名したのは何よりレイ・チャールズ自身。そして、色々と彼に自分自身を教えたのもレイ・チャールズ自身である。だから、ジェイミー・フォックスはレイ・チャールズの分身と言ってよいであろう。
最高の演技者だ。
そして、レイ・チャールズ自身の偉大な功績。彼と一緒にセッションを組んだり会って話をしたりしたミュージシャンは彼の事を光栄に思い、今後の音楽活動により一層磨きが掛かると思う。そう、思いたい。実際、現在もう既になを残している
ミュージシャン自身がレイ・チャールズへのオマージュを述べているのだ。やはり、彼は偉大だ。
この映画を見た後、私は本当に勉強不足で申し訳ないが、この映画のサウンドトラックを買い聴いた。何か懐かしい香りがした。とても良い。
こうやって改めてじっくり聴くと本当に彼の音楽の質の高さが理解できる。彼を失ったのは音楽業界での損失だ。
また、レイ・チャールズと言えばサザン・オールスターズの「いとしのエリー」を歌った事でも日本では特別人気がある。彼の遺作の「ジーニアス」では収録されている。
音楽だけではない。彼は南部の黒人文化の支えでもあったであろう。1960年代は南部は考えられないが白人と同一の権利がなく、隔離されていた。これは区別ではない。差別だ。そして、それに抵抗して彼は、南部の黒人達に勇気と希望と
最後には、自分達の文化を根付かせたといってよいと思う。
あの名曲「我が心のジョージア」が1979年にジョージア州の州歌になり、彼の帰郷が許された時、それは成り立ったと言えよう。この時代はたしか、ジョージア州出身のジミー・カーターが大統領だった時だ。
レイ・チャールズ。アメリカの真髄の音楽を身をもって表現した偉大な盲目の天才ミュージシャン。彼の名は永遠だ。
また、この映画で彼を演じきったジェイミー・フォックスにも拍手を送りたい。

レイ・チャールズ スーパー・ベスト 〜オリジナル・サウンド・トラック: Ray 〜
メス・アラウンド
アイヴ・ガット・ア・ウーマン
ハレルヤ・アイ・ラヴ・ハー・ソー(ライヴ)
こぼれる涙
ザ・ライト・タイム
メリー・アン
ハード・タイムス
ホワッド・アイ・セイ(ライヴ)
我が心のジョージア
ヒット・ザ・ロード・ジャック
アンチェイン・マイ・ハート
愛さずにはいられない(ライヴ・イン・ジャパン)
ボーン・トゥ・ルーズ
バイ・バイ、 ラヴ
ユー・ドント・ノウ・ミー(ライヴ)
レット・ザ・グッド・タイムス・ロール(ライヴ・イン・ジャパン)
我が心のジョージア(ライヴ・イン・ジャパン)

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スパイ・バウンド

モニカ・ベルッチ主演のスパイ物フランス映画。共演にヴァンサン・カッセル。夫婦共演と言う事でも少し話題になっていたが…。
最近のモニカ・ベルッチは色々な映画に出演し、演技の幅を広げている。イタリア人だが、ハリウッド映画、イギリス映画、夫がフランス人と言う事もあってかフランス映画の
出演が多いのも否めない。そういう彼女の久々の映画。彼女は、モデルから女優に転進と言うだけあって、さすがにスタイルも良く美貌もある。イタリアの至宝とも呼ばれた。そのせいか映画の中で数々の地味ではあるが
何気なく出てくるフランスのブランドファッションを粋に着こなしている。
ただ、今までとは違うのは彼女はどちらかと言えば彼女自身の美貌を売りに出したような役柄が多かったのに対し、今回は、彼女のスパイという役柄もあるのか随分、雰囲気が違う。
この辺りは、映画自身を見れば十分感じ取れる所であろう。ここでは、彼女の華麗なスパイとしての演技を楽しみたい。
今回のこの映画は実際にあった「『虹の戦士号』爆破事件」という実在の事件をベースにした作品。共演者には現在のフランス映画界の実力者が出演している。俳優・女優だけでなくスタッフにもかなりの
実力者達が名を連ねている。フランスとしてはかなりの力を入れた作品と言う事が出来ると思うが、この手のテーマの作品はやはり、ハリウッド物が得意としているせいか、少し、影が薄い物とならざるを
得ないのは少し残念である。また、ハリウッド物の場合はスパイ物などは敵、味方の区別、何を目的としているのか等が比較的明確。フランス映画のこの作品もかなりいい所まで来ているとは思うが
余り得意ではないのかちょっと押しが甘い様な感がある気がする。しかし、最近のフランス映画を見ていると今までの伝統的な感じの作品からの脱皮を目指しているのか、「クリムゾン・リバー」の様なサスペンス物や
アクション物が増えてきた。また、一時の物凄い暗い鈍重な感じの物だけでは無くなって来たというイメージがある。
しかし、今回のスパイ物は単なるスパイアクションだけでなく、やはり、そのスパイに心理的バックグラウンドがあるためか単なるスパイ活劇という感じではない。
出演者の心理的描写の描き方にはフランス映画はとても上手いと思う。
ちなみに「『虹の戦士号』爆破事件」というのは、1985年にニュージーランド海域で起きた事件で、フランスの核実験に反対していたグリーンピースの船である「虹の戦士」号が爆破され、沈没した。
犯人としてフランスの情報組織の二人が逮捕されて、二人(夫婦を装った男女)は、結局、仏領ポリネシアの島に送られる事でニュージーランドと合意したとの事だが、この二つの国の関係には確執が残ったと言う。
今回の作品にも船を爆破すると言うシーンが設けられているが、ここの部分はこの事件をベースにしたとされている。
この作品の最初の部分はなかなか良くわからなかった。ある男が情報のつまったチップを飲み込んだまま敵に殺されるのだがこの情報を元に作戦が計画される。
しかし、この作戦はなぜ必要なのか、この情報の入ったチップとの関係はとなると描写が不足している感がある。
とりあえずこの作戦の実行をジョルジュ(ヴァンサン・カッセル)率いるチームに任される事になった。しかし、このチームの唯一の女性メンバーのリザ(モニカ・ベルッチ)はこの様なスパイの生活に疲れ、今回の任務を以って引退を
決意していた。しかも、その決意を任務に入る前に本部に話していたという。そうなれば本部の態度が変わるのは当然だ。
ジョルジュたちはとりあえず、モロッコで任務に取り掛かった。とりあえず、リザとジョルジュは夫婦と言う事で入国。しかし、彼女持っているパスポートの国籍が違う。スイスだ。
チームは敵側のもつ船を爆破すると言う任務を実行。これで任務は終了。彼らはモロッコから無事離れるはずだった。しかし、彼女だけは、ヘロイン密輸の容疑を掛けられ、実際に彼女のバッグからヘロインが見つかった。
異変は察知したが今は身動きの取れないジョルジュはパリに戻り、上司に尋ねるが休暇を取る様に逆に言われる始末。一方リザはカサブランカで刑務所入り。そこで弁護士と称する人物から、所内にいるある囚人を殺すように
指令があった。つまり、リザは陥れられたのだった。つまり、投獄。上部からの指令に逆らったら何をされるかわからない。かといって、もう、スパイの任務はしたくない彼女は悩む。一方、ジョルジュは何とか、彼女を取り戻そうと
するが…。
非常に大々的に作られた作品であるが、ある意味、心理描写にも力が入った作品とも言えるが、これがもし、ハリウッド作品ならば別なアプローチで製作されていたであろうと思う。
なお、この作品の原題は「AGENTS SECRETS」である。
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ボン・ヴォヤージュ

2004年のセザール賞受賞のフランス映画。最近、フランス映画で話題になっているイザベル・アジャーニが主役になっている。
実は私は彼女の映画はこれが初めて見た作品である。つい最近、彼女の「イザベル・アジャーニの惑い」と言うのが、公開になっていたが、見損なっていたが
しかし、この作品は見る事が出来た。初めて彼女を見たが非常に魅惑的で、魅了される感じ。お洒落で、いかにもパリが似合うという感じの女優である。
とても、小悪魔的な役どころが似合う雰囲気を持っているようだ。この作品でもやはり、彼女のこの小悪魔的な要素はしっかりと発揮され、それがこの映画の魅力
ともなっている。
この作品は現在のフランス映画界のスターが揃っている映画だと言われている。共演者にはジェラ−ル・ドパルデュー、グレゴリー・デランジェール、ヴィルジニー・ルドワイヤン
が主な共演者。また、監督には「シラノ・ド・ベルジュラック」で有名なジャン=ポール・ラプノー。スタッフだけでも一流と言われる人達である。
また、この映画の見所としてはファッションが上げられるであろう。この映画の時代は1940年だが、ファッションは1930年代後期のパリのファッションデザインや流行を
参考に、多分、超一流のメゾンが関わっていると思われる。映画の内容で、当時の上流社会と呼ばれる人達がこの映画には多数登場してくるので必然的に
当時のパリの流行のファッションと言うものを出してこなければならないし、また今で言う「セレブ」達の集まりなので、当然、メゾンのファッションが出で来る。
時代背景は、第二次世界大戦の初期、ドイツ軍がフランス侵略し、パリ陥落。その前に、パリの上流階級の人達はボルドーに逃げる。日本的に言うと疎開。
しかし、ボルドーでも彼らは華やかな生活をしているし、この混乱の中でも高級な手袋や、バッグなどが手に入ったパリである。やはり、一般市民と上流階級の
人達の間では開きがあるのかな。実際、イザベル・アジャーニ演じるヴィヴィアンヌという女優もパリの高級アパルトマンに住み、インテリアはアール・デコの
雰囲気が漂う。彼女の映画の中で着用している服が一番良い。また、着ている服も彼女の小悪魔的な要素を醸し出すのに一枚かんでいる。
お洒落なパリの中、彼女の小悪魔的な魅力で色々な人が彼女に魅了されていく様子は混乱期なだけに余計に滑稽である。まるで、嘘の様に彼女の思う様に事が進んでいくのだから
信じられないと言う点で苦笑してしまう。彼女は本当に可愛らしい人だ。色々な人を魅了していく。その中で生きてきて今もそう、これからもそうなのであろうと言う事が映画では
暗示される。また、映画の時節柄、ドイツとの戦いのというか、フランスの抵抗を示すが如くの国家的秘密をいかに守っていくかも面白い所である。
時は1940年、ドイツのフランス侵攻直前、女優のヴィヴィアンヌ(イザベル・アジャーニ)はしつこくつきまとうストーカーの様な男を殺してしまう。どうしようもなくなって慌てた彼女は
かつての知り合いの若き小説家のオジェ(グレゴリー・デランジェール)に連絡を取り、助けを求める。スキャンダルを恐れる彼女は警察に連絡しないでくれと頼み、オジェは死体を車に入れて
運ぶ途中で事故を起こし、警察に逮捕されるが、真相は語らなかった。数ヵ月後、パリはドイツ軍の侵攻により陥落。人々、政府はボルドーに逃げる。一方、オジェも刑務所から、上手い具合に
逃げる事が出来た。そして、ヴィヴィアンヌを追ってボルドーへ。
一方、ヴィヴィアンヌはフランスの大臣の愛人となり、やはりボルドーへ。
オジェは途中、列車の中で、カミーユ(ヴィルジニー・ルドワイヤン)と知り合い、カミーユが手伝っている教授のおかげで何とかボルドーに来る事が出来た。実はカミーユと教授は国家的な
大きな秘密を抱えていたのだ。ボルドーの町は大混乱。色々な人が来て、居場所を確保しようとしていた。オジェはようやくヴィヴィアンヌに合う事が出来たが彼女の態度は実にそっけない。
しかし、彼が彼女のせいで逮捕されていたと聞き混乱し、色々と言い訳をし翻弄されるオジェ。しかし、この様子を伺っていた英国人ジャーナリストがいた。彼は実は彼女に好意を持っており、
さらに、大きな秘密があった。彼はドイツ軍のスパイであった。
さて、オジェとカミーユ、ヴィヴィアンヌ。ヴィヴィアンヌ、大臣、英国人ジャーナリスト、オジェ。この複雑な人物関係の中、彼女はどう凌いで生きていくのか、オジェは彼女に翻弄されっぱなしなのか。
大臣との関係はどうなるのか…。これらの絡みがこの映画の見所であり、ヴィヴィアンヌの生きる力が描き出されるのである。
パリから騒乱のボルドーへ。時代が大きく変わろうとしているその瞬間。愛ははじまり、また、揺れて行く。激怒いの時代。彼女は強く愛しいかに生き抜いていくか…。

この映画はミニシアター系で全国一斉公開とはならずシャンテ・シネを中心として順次公開作品である。
posted by diane at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パッチギ!

最近の潮流なのか、韓流ブームのせいなのか、日本映画の中で朝鮮半島の関係者の話題をテーマにする映画が増えてきた感じがする。近隣の国なので当たり前と言えば当たり前ですが…。
この映画を見るまで知らなかったんですが、あの「イムジン河」の歌は放送停止、発行停止だったんですね。
まるっきり知りませんでした。以前に、ハングル語ですが、NHKの何かの特集で聴いた事がありますが日本語バージョンは、初めてでした。
この映画は1960年代の後半が舞台になっていますが、流行なのかな。昨年は「69」と言う映画が公開になりました。ちょうど描いている時期は大体一緒ですね。
現実の社会ではなく、映画の中だし、その時代の事は歴史の一部としてしか、認識していないのですが、映画を見ていると当時の高校生って良くも悪くも現代の高校生よりとても考え方が
大人っぽいし、とても元気があったんだなあと思います。今の高校生にあれだけの元気と言うか、覇気と言うのかあるかと言えば非常に疑問。
ハングルの人達と日本人との間の深い溝。これはなかなか、取り除くのは難しいのかな。この音楽、「イムジン河」は南北に分かれた祖国を思う曲なんだろうけれど、日本に住んでいる
在日の方々と日本人の間にも大きな「イムジン河」がある様な気がしました。今でこそ、韓国と日本の間では、色々な大きなイベントがあったり、互いにアーティストの交流があったりして
かなり互いの溝は縮まって来た様な気がしますが根本的な部分は未だに解決していませんよね。この映画は、その「なぜ? 」と言う大きな部分は触れていないけれども今でも通用する
社会的テーマを持っているんですね
超えようとしても超えられない、その何か一種のフラストレーションみたいなものが描かれているのがこの映画の見所だと思うのです。その中に青春あり、恋愛あり、友情あり。
そのどれの中にも「イムジン河」は存在し続けるけれどいつかはそれを渡って行けるかもしれないという可能性をも述べた映画だと思います。
舞台は京都。1960年代後半。いつの時代にも先頭を走っている高校生はいてそのグループ同士が目が合ってしまった朝鮮学校の生徒と普通の日本の高校生。始めは些細な争いだったけれど
争いはだんだんとエスカレート。その中である日本の高校生は休戦を求めて朝鮮学校を訪れる。その高校生の一人、康介は音楽室から聞こえてくる音楽「イムジン河」の音に誘われて覗くとある一人の少女に会う。
その子に一目で心を奪われてしまった。一方、休戦の方は、朝鮮学校の生徒に凄まれて逃げてしまう。
そんな時、康介は、ある日、楽器店で、坂崎と言う人に出会い、何気に手にしたギターで「イムジン河」を弾いて見た。坂崎は康介に興味を示し、その曲の事を、もっと教えてくれた。
康介にとって、彼はとてもスケールの大きな人間なのだ。一方、康介はますます、彼女と仲良くしたいが為に朝鮮語を覚え、ギターを坂崎に習い、彼女をコンサートに誘おうとするが、彼女はその日は予定が
入っていた。実は彼女は、朝鮮学校の番長的存在のアンソンの妹でそのアンソンは帰国し、その帰国の祝いの宴会だった。康介は逆に彼女の方から、誘われると「行く! 」と返事をしてその宴会に参加する。
そこで、康介は彼女とギターとフルートの合奏で「イムジン河」の演奏。康介はその中に入り、彼女ともとても仲良しになる事が出来た。
ある日、康介は川沿いで演奏している彼女と出会い、対岸からずぶぬれになりながらも、彼女の所へ。そこで告白。彼女の方からはとても、真剣な質問が返ってきたが彼は一言も答えられなかった。
相変わらず、朝鮮学校の生徒との争いは続く。親善の為のサッカー試合も結局はけんかになり中止。
そして、アンソンの付き合っている女の子は妊娠。でもアンソンに言えないでいる。友人の女性は、アンソンのところへ行き、事の次第を告げる。
そして、初めて、アンソンは事実を知るのだった。
ここからがストーリーは急展開。本当の意味の「イムジン河」はどんな事なのか? この人達の関係はどうなるのかは映画を見て知って欲しい。

この映画を理解するには多少、日本の史実の知識が必要かも知れないが、いつの時代にもはちきれんばかりの元気な人達がいて、恋愛に友情にと頑張っている姿がある。
これはユニバーサルな課題であり、何もこの映画の時代に限った事ではないと思う。しかし、この映画は日本の若い人達が一番元気であったであろう頃の覇気とそれから、現在の日本人が認識を
余りしない事実を上手くミックスして述べた映画であると思いました。
いつかは、この「イムジン河」。超えられるといいなと感じました。
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レイクサイドマーダーケース

この映画を見た時になにか底知れない怖さを感じました。それは、最初から最後まで。特に、最後のシーン。殺された人の顔が出るんですけれどあれが一番怖い。
それにしても人間てここまで恐ろしくなれるものなんですね。親は子供の為に何でもやると言っているけれど、本当に子供の為ならばそこで殺人事件が起きようが、
不誠実な事が起きようが、その不誠実さを正す為に子供に教えるのではなく、自分たち自身がそれをやってしまう。それも子供の為。子供は親の鏡。つまり、子供は
親を常に見ている。子供の為と言ってやっている行為はつまりは自分達の親の為でもある。
この話のきっかけは「お受験」。受験戦争真っ盛りの日本では、「お受験」は一大事。いかに有名な学校に入るか、いかに物凄い学校を出るか、今の日本の受験はそうである。
幼稚園から「お受験」は始まる。当然、大学、大学院もそうだ。今は不景気で仕事を得るのにも資格があった方が良い。そうするとまた、別な意味の「お受験」があるのだ。
この「お受験」はある意味、日本の一つの産業を編み出し、それは今や、かなり大きなものへと進化している。普通の外国の方、一般人には理解できないらしい。しかし、
アメリカやフランスにだって「お受験」は存在する。特に名門の私立の学校に行こうとすれば。韓国等では、日本以上に「お受験」が盛んだし、中国の様な国では
幼い時から才能の有る子の発掘に国自ら、力を入れている。
日本の場合は、どうだろうか? 雑誌か何かに載っていたが、日本の場合は「確かにどこの大学を卒業したかはどこの国でも重要だが、日本の場合は少し違う。就職する時でも
何でも、人を判断する時に何を大学でどう勉強したかでなく、某大学の某学部の某学科を出たという事が大切なのだ。本人の才能、向き不向きや業績は関係ない。」と述べていた。
この映画の最大の背景は「お受験」の為に親たちが有名な塾講師を雇い、合宿をし、「お受験」に勝てば、社会の勝利者の道が開けると信じ、子供たちを「お受験」に向かわせる
という事だ。しかも、この講師もまた「お受験」戦争に巻き込まれた中で育ってきた。何か「お受験」と言う物に現代社会のひずみを感じる。

原作はベストセラー作家・東野圭吾の本格的ミステリーホラー小説「レイクサイド」。これは発売後たちまちベストセラーになったそうだ。
映画化するにあたってかなり、変更している部分があるらしいが、おそらく原作も、この映画以上の新感覚のミステリーなんだろうな。本当に怖い。とても綺麗な湖の別荘を舞台に
展開する緊張しっぱなしの謎。それもなかなか解けない。サスペンスというか何かはっきりではないがこの映画の結末を見て、謎がある程度解明された時には背筋に怖い物が
走った。現代社会がこうならば…ならば未来は? 誰もが心の奥底で秘密を持っている。それは暴かれたくない。暴かれるべきではない。ならばどうするか?
背筋が凍る。
出演者は主人公の役所広司。その妻には薬師丸ひろ子。そして、同じく、この合宿に参加している夫婦、鶴見辰吾とその妻に杉田かおる(この二人はその昔「金八先生」でとてもセンセーション
を巻き起こしたカップル)。そして、なかなか器用であっさり演じながらそのあっさりとした演技が怖い柄本 明とその妻の黒田福美。役所の愛人役で登場の眞野裕子。また、最近、
エリート塾講師役には色々な役柄に精力的に取り組む豊川悦司。彼はこの映画の中である意味キーパーソンでもある。とても怪しい雰囲気をこの作品に加えている。
中学受験を控えた子供の「お受験」合宿に向かう主人公並木俊介(役所広司)は忙しいアートディレクター。妻の美奈子(薬師丸ひろ子)とは、今、別居中。娘の舞華は美奈子の連れ子。
そうだとしても、今、別居中と言う事が知られれば、親子面接の際、舞華には不利になる。無理しても仲の良い夫婦を演じなければならない。映画を見ればわかるが実はこの舞華。
良い子では有るが実はかなり恐ろしい子である事がわかる。湖畔の別荘にこの夫婦と子を含め、3組の親子が集まる。しかもこの別荘の提供者は藤間智晴(柄本 明)の持ち物。
そこにエリート塾講師津久見(豊川悦司)。並木は、舞華の事は考えているとは言うもののどうも考えているようには思えない美奈子。そして、「お受験」を少々、馬鹿にしてかかっている?
のは服装や態度で何となくわかる。
そんな時、並木の元に仕事絡みの女性(眞野裕子)が訪ねてくる。実はこれは並木の愛人だがどうやら津久見とも面識があるらしい。彼女は帰ろうとしたが津久見と話している内に近くの
ホテルに滞在する事にした。そんな時、その並木の愛人が殺された。自分が殺したと言う美奈子。警察を呼ぼうと言う並木。スキャンダルを恐れる親たち。どうやら色々と矛盾点があるらしい。
スキャンダルを恐れる親たちは結託して湖にその死体を沈める事にした。そして、事件を無い物にしようとする。
この親達の葛藤、動き、発言や言動は面白く興味深いがよくよく考えるととても怖い物がある。恐ろしい。人間とは本質的に恐ろしい存在なのだという事が改めて認識させられた。
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試写会で見た「オペラ座の怪人」

今日は公開前だが、試写会に偶然行ける事になり、見てきました。多分、私の事だから、また、きちんと公開されたら見に行く様な気がします。じゃ無くて
絶対、行くなあと思います。(笑)
この映画は前宣伝でも言われている通り、アンドリュー・ロイド・ウェバーの作曲・脚本・製作の映画。もちろん、これは、何年も前から世界各地での舞台で
有名なミュージカルの映画化。ミュージカルでこんなにロングランと言うのもなかなか珍しいのだが音楽が良いし、ストーリーも素敵だし演出も良いと来れば
きっとチケットが手に入れば行きたくなると思います。日本では劇団四季がやっていますね。私はロンドンのHER MAJESTY'S THEATREで何年か前に見ました。
映画を見てその時の事を思い出しました。ついでにその時、ハイライトCDを買っていたので、何日か前から公開前に聴こうと思って聴いていました。
映画の中では舞台で使われた曲は殆ど同じでした。違うのはクリスティーヌがはじめて歌う時に、舞台版では「発声練習かな?」とも思えるような部分がありましたが
映画版ではありませんでした。
音楽のアンドリュー・ロイド・ウェバーがこのミュージカルは自分にとって特別で作品を映像の形で残しておきたかったと思うのも当然だなと感じました。

映画は舞台と違ってかなり、細かい撮影や裏舞台等も出さなければならないのでしょうけれどもきちんとディテールも作られていてまた、映画ならではのSFXなどの
効果も使えるのでかなり綺麗な映像に仕上がっていたと思います。エンドロールの部分は多分あれは新曲かも知れませんが舞台では演奏されていなかったと思います。
問題のあのシャンデリアはスワロフスキー製。とても豪華で美しい。
映画の一シーンで、カップルがスワロフスキーの商品を売っている店のシーンがあったんですがそれがなにやら暗示しているようです。
演じている俳優さん自身に軽く触れるとファントムの役をやっている人はジェラルド・バトラー。ちょっと骨太の感じな存在感と声量はあるのだけれどそれほど歌が上手いとは
思わなかったのは私だけかな? しかし、とてもセクシーな感じですね。彼は。グラスゴー出身で、映画にもよく出ているみたい。「トゥーム・レイダー2」「タイムライン」
とかにも出てたらしいです。なかなか、ファントムの愛しているんだけれどねじれた愛。彼の情熱や苦しみの部分が、クリスティーヌによってマスク
を取られる時に特に表れていました。 クリスティーヌ役のエミー・ロッサムはニューヨーク生まれ。幼少の時からオペラ等の舞台に立っていて、歌は上手です。
イギリス式の発音に慣れるのに大変だっただろうな。ラウル役のパトリック・ウィルソンは良く知らないけれど話し方や発音の仕方でアメリカ人かなと思ったらやはり
そうでした。無理して余りイギリス式に直さなかったみたいです。ただ、重要な歌の部分は、かなり矯正されていた感じがしました。
ルルー原作の「オペラ座の怪人」は何度も映画化されています。ただ今回の様なミュージカルではありません。また、舞台の方もこの「ロイド・ウェバー版」
だけではなくて「ケン・ヒル版」というのがあってこれも何度も舞台上演されています。
1870年のパリ。オペラ座では支配人が変わったり、その他色々な事件が起きていた。これはファントムの仕業と噂されていたが何もわからない。
その中で、リハーサル中に突然の事故。プリマドンナが出演できなくなり代役探し。そこでクリスティーヌに回ってきた。
いよいよ、初演で、そこで幼馴染の若い貴族のラウルに再会。その再会に喜んでいる姿を見たファントムはクリスティーヌを地下深くの自分の居場所に連れて行った。
今まで、実はファントムは影ながらクリスティーヌの音楽の影の個人教師をしていた。クリスティーヌは音楽家だった父親が生前よく「音楽の天使が来る」という
言葉を信じ、ファントムが亡くなった「音楽の天使」と信じて彼を慕っていたが、連れて行かれた地下の場所で仮面で隠した彼の正体をみて、驚く。
そこから、物語は急激に展開する。
今日見たこの作品は一般ホールで見たので改めて一般のもう少し音響効果のある映画館で見たいと思っています。。
また、この作品のサウンドトラックは2タイプあって限定版の方は映画を完全収録しているらしいです。
posted by diane at 21:05| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シルヴィア

久々にシリアス物のグゥィネス・パルトロウの作品を見ました。ちょっとこの所、コメディ系の映画が多かった彼女。ミニシアター系の映画ではある物の
彼女の本当の演技力をここで見る事が出来た。この作品はグゥィネスだからこそ出来たと思っています。「恋に落ちたシェークスピア」でアカデミー賞
を受賞した彼女。ここで本当の彼女の風格あるアカデミー女優らしい演技を見た。
彼女の演じるシルヴィア・ブラスはアメリカ生まれの女流詩人であるが生前は詩人としては余り名が出ず、夫の名声は高かったが彼女は作品が書けない
というジレンマに陥っためか、とても作品が少なく、また、詩の作品自体も迫力あるものとなっている。彼女は桂冠詩人の夫テッド・ヒューズと結婚
したが夫の作品が賞賛され、自分がされない事による焦り、そして、夫の浮気疑惑等に疲れてしまい、最後には心身ともに疲れ、自殺をした。
彼女は後に亡くなって20年後位にピューリツァー賞を受賞している。彼女の作品は、今では大学などでも夫のテッド・ヒューズの作品と共に試作研究の
一貫で使用される事がある。彼女の長編小説「ベル・ジャー」は今でも「ライ麦畑でつかまえて」の女の子版として読まれている。
シルヴィア・プラスが青春期を迎えた時代、アメリカは特に、女性の選択肢がなかった。知性を持った女性でさえ、「家庭に帰り、良妻賢母」が求められた
1950年代である。また、彼女はとても精神的に繊細。自殺未遂もしているし、父親を早くに亡くしているという事で、家庭的に愛に、特に父親の愛情に飢えている
と言えよう。
今回、グゥィネス・パルトロウ自身も父親を亡くしたばかりの出演で、悲しみにくれていて最初、この作品の出演をキャンセルしようとしていた位だと
聞く。しかし、悲しみを埋めるのはやはり仕事、しかも自分と同じ様な感覚を共有しているシルヴィア・プラスに共感を覚え、出演を決めたという。
ここに出ている出演者はとても面白い。夫役は「エリザベス」「ホワイト・オランダー」「ロード・トゥ・パーディション」に出演していたダニエル・クレイグ。
シルヴィア・プラスの良き理解者として出演している名優の故リチャード・ハリスの息子のジャレッド・ハリス、晩年、同じアパートに住んでいた住人の
役のマイケル・ガンボン。そして、何よりもグゥィネス・パルトロウの実の母親、プライス・ダナーが、やはり母親役で出ています。母親と並んで撮影された
グゥィネスはとても母親の面影が残っています。これもまた面白い話題の1つ。
この映画は、シルヴィアが英国に留学しており、結婚生活の大半をイングランドで過ごしていたという事で英国で撮影されています。
例えば、彼女が留学していたケンブリッジ。ケム川のバンティングの様子が出ているのですがとても綺麗。懐かしいです。キングスカレッジの大聖堂
が移っているのを見た時にはとても感激しました。また、結婚してイングランドに戻りしばらくしてからデボンシャーに移るのですが、ムーア(荒れ野)のシーン
はとても懐かしく、デボンシャーで有名なクロテッドクリームを付けたスコーンでお茶をしたかった位です。とても懐かしい。
話は、彼女がスミス・カレッジを卒業しフルブライト奨学金を得てケンブリッジに留学していた所から始まります。才色兼備なアメリカ娘として人気があった彼女は
テッド・ヒューズの詩を読み、とても惹かれ強い感動を受けて会いたくなる。ある日、パーティーで偶然出会い、それが彼女にとって夭折の詩人を生み出して
しまうテッド・ヒューズ本人に出会い、とても惹かれた。それ以来、二人の交際は続き、シルヴィアはテッドの原稿の手伝いをするほど。ある日の
詩の朗読会でテッドは自分の持論をシルヴィアに語り、その晩、彼らは…。その時、シルヴィアは自分の自殺未遂の件を話す。
やがてテッドの作品「雨中の鷹」が賞を獲得し喜び合う二人。結婚し、彼らはアメリカに渡った。アメリカで歓迎パーティのときシルヴィアの母から絶対に
彼女を幸せにして欲しい。見捨てないで欲しいと言われる。母親はテッドに不安と恐れを感じたのだった。
シルヴィアは大学で教職の仕事につくが、思いの外、仕事はハード。それに、テッドが浮気をしているのではないかと疑いだす。その夜、二人は喧嘩。実はテッドもアメリカでは
執筆活動が上手く進んでいなかった。このテッドの女性問題というのはシルヴィアを生涯悩ます事になります。
イングランドに戻った二人。二人に娘が出来る。テッドは詩人として名声を確立していく中でシルヴィアは子育ての中での執筆活動。しかも、書けないでいた。
これは相当な焦りとなった。しかもシルヴィアの作品を認める出版・批評ジャーナリストは一人だけ。
この中でまたテッドの女性問題が浮かび上がる。彼らは田舎に居を構え、落ち着いた中でシルヴィアの詩作環境を整えようとする。現在のロンドンの家は
貸す事にしデボンシャーに引っ越す事にした。借り手はやはり、詩人夫妻。この夫妻の妻が後に問題となる。
デボンシャーで詩作と育児、家事と忙殺されるシルヴィア。しかし、詩は書けない。
ある日、この夫妻が、デボンのこの夫妻を訪ねる。この時、シルヴィアは夫とこの夫妻の妻アッシアとのただならぬ関係に気づくのであった。
しばらくして、テッドが留守にした時、この二人の浮気を証拠付けるものが発見された。シルヴィアは泣きながら、燃やす。
やがて、疲れきったシルヴィアはテッドと別れ、初めてテッドの事を気にかけなくても良い自分に自由を感じた。次々と詩を書く彼女。そのどれもが傑作で
あった。しかし、売れない。
ロンドンに戻った彼女は厳しい冬、金銭的にも苦しい中、子供を抱えて生活していた。階下の親切な老人の存在は彼女の慰めとなった。
やがて、テッドも彼女にまだ未練がある事がわかったがアッシアを捨てるわけにも行かない。
生活できなくなったシルヴィアは夫と仲直りをし、元の二人に戻ろうと未来のプランを肉体関係をしながらも語る。ところがテッドの返事は冷たかった。
アッシアが妊娠。テッドは彼女を捨てられない。愛している。しかし、またも両てんびんにかけようとするテッド。しかし、この事実はシルヴィアを徹底的に打ちのめした。
心身共に疲れたシルヴィア。彼女の取った行動は…?
なかなか、目の離せないシーンが続く。グゥィネス・パルトロウの演技が輝るこの作品はシネ・スイッチ銀座他、全国順次公開予定。

posted by diane at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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